コ・スヒ、海を越えた対話を語る ──『長生炭鉱 ── 生きたかった』

劇団58ROUTEを主宰するコ・スヒ
インタビュー
80年以上の沈黙を経て遺骨収容が進む長生炭鉱。舞台化に挑むコ・スヒに、日韓共同製作への思いを聞く。

 
1942年、山口県宇部市の長生炭鉱(ちょうせいたんこう)で、海底坑道の崩落による大規模な水没事故が発生、犠牲者183名のうち136名は当時日本に動員されていた朝鮮半島出身の労働者だった。事故後、坑道は封鎖され、犠牲者の遺体は80年以上たった今も暗い海底に取り残されたままとなっている──。

この日本と韓国に横たわる歴史問題を取り上げた日韓共同製作の舞台『長生炭鉱──生きたかった』が6月5日から上演される。

本作でアーティスティック・ディレクターを務めるのは、映画や舞台で国際的に活躍し、2023年に自らの劇団「58ROUTE(国道58)」を旗揚げした俳優・演出家のコ・スヒ。シライケイタとの盟友関係から生まれた本作に込めた思いを、韓国側の視点から語ってもらった(温泉ドラゴン代表シライケイタへのインタビューはこちら)。

 

「来るべくして来た」温泉ドラゴンとの共同制作

──劇団58ROUTEの旗揚げからわずか4年目にして日本での初公演ですが、劇団創設時にこんなに早く日本公演をすると考えていましたか?

コ・スヒ 旗揚げの時から共同制作を目標にしていたわけではありません。ただ、いつかはできるだろうという漠然とした期待はありました。劇団58ROUTE は、日本の現代戯曲──それも一般にはあまり知られていない作品を翻訳し、舞台にかけることに専念しようという思いで2023 年3月に旗揚げしました。

新国立劇場、弘前劇場、ストアハウス、SIS カンパニー、劇団温泉ドラゴンなど、ジャンルも規模もさまざまな日本の演劇仲間たちと、俳優として20 年以上交流を重ねてきて、彼らを通じて日本戯曲に触れる機会が自然と積み重なっていきました。

日本戯曲が生を見つめ、問い直す方法を韓国の観客と分かち合いたい──そして同時に、それをいかに韓国的に受容できるかという問いが、劇団旗揚げの出発点でした。

温泉ドラゴンとの共同制作は、その問いの末に最初に思い浮かんだ選択でした。似たような年齢で、同じ時代を演劇とともに生き抜いてきた仲間たちです。一緒に積み重ねてきた舞台への記憶も良く、何より演劇に向き合う精神が私と合っています。長く互いを応援し合ってきた間柄でもあります。4 年目と聞けば早いと感じるかもしれません。でも私には、来るべきものが来た──そんな感覚しかありません。

封印された歴史との出会い

──長生炭鉱についてはこの1年ほどで日韓両国でニュースで取り上げられています。コ・スヒさんはいつこの事故について知りましたか?

コ・スヒ 3 年前にはすでに知っていました。劇団58ROUTE の作品『海女 ヨンシム』を制作する過程で、韓国と日本、そして海にまつわるドキュメンタリーをたくさん観ていたのですが、その時に長生炭鉱の水没事故について初めて知りました。知った瞬間、衝撃を受けました。このような出来事があったという事実そのものに。そして、それがこれほど長い間封印されていたという事実に。その時から、いつかこの物語を必ず舞台にかけなければならないと思っていました。どうすれば演劇で、帰れなかった183 人を帰らせることができるのか──その問いが、ずっと心の中に残っていました。

温泉ドラゴンとの共同製作が決まってから、私から作家のキム・ミンジョンにこの事件を作品として立ち上げようと提案しました。映像でしか知らなかった場所を実際に訪れると、痛みの重さがまったく違いました。「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の皆さんと出会って、芸術家として自分にできることは何かを改めて考えさせられました。彼らが30 年以上続けてきたことを、私たちは演劇にしてどう伝えれば、より多くの人が注目し、真実を知り、遺骨発掘に力を添えることができるのか──それが今、私たちがこの作品をつくる理由であり、目的です。

「自分の文章を疑い、修正を重ねる」作家キム・ミンジョンへの信頼

稽古場にそろったスタッフ、出演者たち。前列中央がコ・スヒ。その右二人目が作家キム・ミンジョン稽古場にそろったスタッフ、出演者たち。前列中央がコ・スヒ。その右二人目が作家キム・ミンジョン。

──劇団58ROUTEとしては今年3月にソウルで上演した『海女 ヨンシム』に続いてキム・ミンジョン作家の作品となりました。シライさんによるとキム・ミンジョン作家は劇団58ROUTEの座付き作家になったそうですが、彼女のどこに惹かれて、座付き作家になってもらったのでしょうか? 

コ・スヒ 座付き作家、という言葉がしっくりくるほど、私たちの間には深いものがあると思っています。正確には専属の座付き作家というより、互いに一緒に仕事をすることを楽しんでいる関係です。今年も別の作品で一緒に取り組む予定ですし、オリジナル作品はこれからも彼女と作り続けていきたいと思っています。

初めて出会ったのは、韓国演劇人福祉財団の副理事長として活動する中で、財団の事業を通じてでした。その時から彼女の仕事の仕方に心が向きました。素材を見つめる視点が人と違い、戯曲を完成させていくプロセスがいつも開かれています。自分の文章を確信せず、絶えず疑い、修正を重ねる作家です。その慎重さが、最終的に文章の深みをつくり出していると思っています。完成した台本を受け取って舞台にかけるのではなく、ともに作り上げていく稽古場のプロセスそのものが創作になる──演出家として、そんな彼女との仕事がとても楽しく、喜びです。

「海が私を呼んだ」2つの物語

──今回も『海女 ヨンシム』と同様、海が舞台になる作品ですが、これは何か意図はありますか?

コ・スヒ 意図したというより、海が私を呼んだ、という表現の方が近いかもしれません。韓国と日本の間には、海があります。飛行時間にして2 時間もかからない短い距離なのに、この海ひとつを渡ることが、なぜこんなにも難しいのだろう。その海を行き来しながら、さまざまなことを考えてきました。この海はいったい何なのだろう。なぜ私たちは、こんなにも違わなければならないのか。この海が──私たちを引き離したのか。その問いが、長いこと心の中に残っていたのだと思います。

『海女 ヨンシム』の海と、『長生炭鉱──生きたかった』の海は、違います。一方は生きることの場としての海であり、もう一方は183 人がいまも眠り続けている海です。けれど、どちらの作品にも、その海のどこかに「恋しさ」が宿っています。帰れなかった人への恋しさ、届かないものへの恋しさ。もしかしたら私は、その恋しさを舞台の上でずっと掬い続けているのかもしれません。

──温泉ドラゴンとの合同公演ですが、コ・スヒさんにとって温泉ドラゴンの魅力は?

コ・スヒ 韓国で活動していて、同世代の仲間に出会うことはそう多くありません。温泉ドラゴンは年齢も近く、言葉も通じ、考えも通じ、悩みも似ています。自分に似た誰かに出会う時の、あの喜びと安らぎ——温泉ドラゴンと一緒にいると、いつもそんな気持ちになります。振り返ると、彼らと過ごした時間の中で最も記憶に残っているのは、舞台の上の瞬間だけではありません。一緒にグラスを傾け、答えのない話を交わした、あの時間たち。何でもないように見えるその時間が、今の私たちの、最も深い根になっていると思っています。

「お互いの違いを認め受け入れる」

コ・スヒと演出を担当する劇団温泉ドラゴンのシライケイタコ・スヒと演出を担当する劇団温泉ドラゴンのシライケイタ

──今回、コ・スヒさんはアーティスティック・ディレクターということですが、具体的にはどんな役割をしているのでしょう。またシライさんと対立する事はないですか?

コ・スヒ 企画の段階から公演の最後まで、作品の方向性を示し、韓国と日本の間にある距離を縮めながらひとつにまとめるよう導き、日本公演から韓国公演まで、この制作全体を統括しています。アーティスティック・ディレクターという素敵な肩書きで包まれていますが、実態は現場のよろず屋──といったところでしょうか(笑)。

今回の共同制作は、2年先を見据えてスタートしました。今年は韓国の作家が書き、日本の演出家がつくる。来年は日本の作家が書き、韓国の演出家がつくる。その構造の上に立っているので、互いの役割は明確です。衝突というよりは、互いの違いを認め、受け入れていくプロセスがあります。実はそのプロセス自体が、私たちがこの共同制作をする最大の目的だと思っています。ケイタはとてもスマートな人です。俳優の持つ力を的確に読み取り、引き出すことのできる優れた演出家です。友人としてのケイタと、演出家としてのケイタは、まるで二つの顔を持つ人のようです(笑)。

──旗揚げからしばらくは既存の日本の戯曲を取り上げていましたが、最近は「在日」をモチーフとしてオリジナル作品を作られています。これからもオリジナル作品がメインになるのでしょうか?

コ・スヒ 劇団58ROUTE のオリジナル作品が在日をモチーフにしたものだけに見えるかもしれませんが、私たちの劇団の方向性が在日というテーマに限定されているわけではありません。今後の方向性は二つです。日本の現代戯曲を翻訳して韓国の舞台にかける作業は続けていきながら、日韓共同制作のオリジナル作品により力を注いでいきたいと思っています。二つの国が共に生きていく中で直面する社会的な問い、同じ時代を見つめる私たちの視点で共に書き、共につくる物語──今、私の心が最も熱く向かっている場所です。

──劇団58ROUTEのコ・スヒさんの活動も楽しみですが、俳優コ・スヒさんの活動も日本の演劇ファンは待ち望んでいます。今後、韓国も含めて俳優コ・スヒの活動予定があれば教えてください。

コ・スヒ 劇団を率いながら演出と制作に集中していると、俳優としての自分を忘れてしまいそうになることもあります。でも、舞台に立つ瞬間が、いつも私を原点へ連れ戻してくれます。演出家の目と俳優の身体が共にある時──私は、自分が一番自分らしいと感じます。

韓国では9月に大学路クアッド劇場で『屋上の畑のトウガラシ、なぜ』という作品で、俳優として舞台に立ちます。12月には永井愛さんの『カズオ』を韓国で演出する予定です。日本のファンの皆さんとの再会については、まだ具体的にお伝えするのが難しい状況ですが、来年ごろには舞台の上で直接ご挨拶できるよう準備を進めています。私も早く日本のファンの皆さんとお会いできる日を心待ちにしています。応援してくださり、待っていてくださるすべての方に、良い舞台をお届けできるよう、精いっぱい努めてまいります。

コ・スヒコ・スヒ
1976年、韓国・ソウル生まれ。演出家、翻訳家。98年に劇団コルモッキルに入団し、翌年デビュー。2006年のアジア演出家ワークショップをきっかけに日韓交流の扉を開き、2008年初演の日韓共同制作作品『焼肉ドラゴン』への出演を通じて国際共同制作の経験と芸術的な専門性を積み重ねる(第16回読売演劇大賞優秀女優賞受賞)。2023年に劇団58ROUTEを創団し、日韓舞台芸術の架け橋として活動中。ナ・オクヒ名義で演出や翻訳も務める。

【公演情報】 座・高円寺 2026年度主催公演 劇団温泉ドラゴン×劇団58ROUTE 日韓共同製作 『長生炭鉱──生きたかった』
日程: 2026年6月5日(金)~14日(日)
会場: 座・高円寺 1
作: キム・ミンジョン
翻訳:石川樹里
演出: シライケイタ(劇団温泉ドラゴン)
アーティスティック・ディレクター:コ・スヒ(劇団58ROUTE)
出演: いわいのふ健(劇団温泉ドラゴン)、筑波竜一(劇団温泉ドラゴン)、五十嵐明(劇団青年座)、内田健介、京極洋太、清水直子(劇団俳優座)、ソ・ドンガプ、キム・ジェウン(劇団58ROUTE)、イ・ジョンウォン(劇団58ROUTE)、パク・ホンスン(劇団58ROUTE)、ユ・シヒョン(劇団58ROUTE)
美術:松村あや
照明:奥田賢太(colore)
音楽:的場英也
音響:角張正雄
衣装:西原梨恵
主催:座・高円寺(指定管理者:合同会社syuz’gen)
共同製作:一般社団法人劇団温泉ドラゴン、劇団58ROUTE
一般社団法人劇団温泉ドラゴン
後援:杉並区、韓国文化体育観光部、韓国国際文化交流振興院

【韓国・ソウル公演情報】
日程: 2026年6月26日(金)~28日(日)
会場: 城北メディア文化センター 夢の光劇場(客席数:323席)


取材・文:柾木博行

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