太平洋戦争のさなかに山口県宇部市で起きた炭鉱水没事故。この悲劇を題材とした日韓共同製作公演『長生炭鉱──生きたかった』が6月5日から上演される。
モチーフとなっているのは1942年2月3日に、山口県宇部市の長生炭鉱(ちょうせいたんこう)において起きた事故。海底坑道の天盤が崩落し、海水が一気に流入する水没事故(水非常)が発生し、坑内にいた183名が犠牲となった。そのうちの7割以上にあたる136名が、当時日本の植民地支配下で動員されていた朝鮮半島出身の労働者だった。しかし事故後、坑口は憲兵隊らによって封鎖され、戦時下ということで公にされることなく犠牲者は80年以上海底に取り残されたまま、歴史から封印されていた。
この歴史の沈黙を破り、犠牲者の尊厳を取り戻そうと活動を続けてきたのが、市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会(略称「刻む会」)」。彼らは、国に頼らず民間主導のクラウドファンディングで資金を募り、2024年ついに事故以来埋められていた坑口の開通に成功。2025年8月には初めて犠牲者のものとみられる人骨が収容され、2026年1月の日韓首脳会談では遺骨のDNA鑑定に両国政府が協力することが合意されるなど、まさに今封印されてきた歴史の扉が開かれようとしている。
今回上演される舞台『長生炭鉱──生きたかった』は、日本の劇団温泉ドラゴンと、韓国の俳優コ・スヒが率いる劇団58ROUTE(呼び方は「劇団国道58」)が長年の友情を経て結実させたプロジェクトだという。演出を担当する劇団温泉ドラゴン代表シライケイタに、作品に込めた想いと日韓の演劇交流について伺った。
13年来の盟友、コ・スヒとの約束
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シライケイタ(以下、シライ) 最初に出会ったのは2013年、「ストアハウス・コレクション」という演劇祭でした。当時、スヒは韓国のトップ劇団の一つである「劇団コルモッキル」の一員として来日していて、僕ら温泉ドラゴンもまだ旗揚げして3、4年目で、お互いに30代半ばの頃でした。僕は俳優から劇作・演出へと足を踏み入れたばかりで、人生の先行きの見えない不安や、今の境遇をぶつけるように作品を作っていました。
その出会いから3年間、お互いの国を行き来しながら交流を深めました。コルモッキルに招かれる形で温泉ドラゴンとしてソウルの大学路(テハンノ)で1週間公演をしたり、密陽(ミリャン)や釜山、浦項(ポハン)を回る韓国ツアーも経験しました。スヒはもともと新国立劇場の『焼肉ドラゴン』(2008年初演)に出演していて日本語ができたので、密にコミュニケーションを取るようになり、「またいつか一緒にやりたい」と話すようになったんです。
シライ 約2年前、スヒが来日した際に「新しく自分の劇団(58ROUTE)を立ち上げた。温泉ドラゴンと一緒にやりたい」と声をかけられました。彼女の劇団は、日本の戯曲を韓国で上演することを目的に設立された非常に珍しい劇団です。僕らも「またいつか韓国と一緒にやりたい」という思いはずっと持っていました。かつてコルモッキルの仲間たちと過ごした時間は、僕らの演劇人生にとって大きな転換点でしたから。彼女が「韓国で外国とのコラボレーション企画に対する新しい助成金システムができたから、それに応募してみようと思う、私の劇団とケイタの劇団だったら絶対通るから」って持ちかけてきたのが始まりです。ただその助成金は落ちちゃって、ミュージカルのような商業系の作品が採択されてしまったんですが(笑)。
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「長生炭鉱」──語る人がいたからこそ、歴史は存在する
シライ これは韓国側、スヒと作家のキム・ミンジョンさんからの提案でした。ミンジョンさんは、ポン・ジュノ製作の映画『海にかかる霧』の原作戯曲『海霧』で知られる、社会的題材を繊細に扱う作家です。彼女たちが長生炭鉱の話を見つけ、僕に提案してくれたのが始まりです。ミンジョンさんがプロットを練り始めた当初は、まだ現地で遺骨は発見されていませんでした。ですから第一稿のプロットでは「いつになったら遺骨は発見されるのか」という内容だったんです。
ところが、執筆が進む間に現実が大きく動き出しました。2025年8月に韓国人ダイバーによって人骨が発見され、さらに2026年2月には調査中の台湾人ダイバーが亡くなるという悲劇的な事故まで起きました。先日の日韓首脳会談では見つかった骨のDNA鑑定を両国で行うということが合意されたので、もしかしたらこの舞台の本番中に鑑定結果が出るかもしれない。現実をフィクションが追っかけるような体験を今してる最中です。
シライ 知識としては知っていましたが、深く関わっていたわけではありませんでした。でも、ミンジョンさんが書いた第一稿を読んだ時、これは何としても現地に行かなければならないと感じました。一応フィクションと謳っていますが、現代パートと過去パートがあって、現代パートに関しては明らかに実在の人物をモデルにしています。ですが様々な事情で、執筆時に現地に取材に行けなかったんです。ですので、第一稿の完成後にお会いしに行ったわけです。それで実際に韓国チームと一緒に山口県宇部市を訪れ、「刻む会」の皆さんに現地を案内していただきました。
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シライ 最も衝撃を受けたのは、「刻む会」を30年以上支えてきた共同代表の井上洋子さんをはじめとする、活動を続けている方々の姿です。実は宇部には長生炭鉱以外にもいくつもの海底炭鉱があり、もっと多くの犠牲者を出した事故もありました。でも、僕たちがこうして長生炭鉱のことを知っているのは、そこに語り続けてきた「刻む会」の人たちがいたからです。
語る人がいなければ、歴史は封印されていってしまう。井上さんたちの活動そのものが、この事故を現代に繋ぎ止めているんです。その姿に触れた作家のミンジョンさんは、東京に戻ってからわずか1日のうちに、現代パートをほぼすべて書き換えました。驚きましたね、その書くスピードの速さは。
稽古場で初めて打ち破った「歴史認識」という壁
シライ それはあまりないです。日本で芝居をやっていても文化の違いはあります。初めて老舗の新劇系の劇団や、2.5次元系の俳優さんと仕事した時よりもカルチャーショックは大きくないかもしれない(笑)。ただ演出する際には、複雑な指示は通訳を通すと誤解を招くことがあります。だからシンプルな言葉で、伝わるようにするというのはいつもと違います。それから、韓国は演劇学校がたくさんあって演劇教育がしっかりしているので、若い俳優が鍛えられてますね。
シライ 韓国の演劇人とは長く付き合ってきましたが、実はこれまで歴史認識や植民地時代の話を正面からしたことはありませんでした。どれだけ仲良くなっても、その話に踏み込むと途端に気まずくなると言われ続けてきたからです。しかし、今回は逃げるわけにはいきません。稽古の序盤で、まずは日本の歴史認識の現状と韓国側の認識の違いをすり合わせることから始めました。
シライ 先日行われた衣装合わせが衝撃的でした。当時の記録に基づき、日本人労働者にはまともな服を、朝鮮人労働者にはボロボロの服を割り当てて、それは歴史的にも事実としてあったわけです。でもそれを実際に着用し、お互いの姿を可視化した瞬間、何とも言えない気持ちになりました。彼らは笑い合っていましたが、そこには自分たちの先祖が体験した辛い歴史を追体験するような、重い自覚があったはずです。日韓の役者たちがお互い笑い合っていたけど、どこかで「本当に笑ってはいけないことなんだ」ということも踏まえながら作品を作っていかなきゃいけない。そういう気持ちを新たにしました。
『長生炭鉱──生きたかった』稽古場風景
台湾も含めたアジアとの交流を進める
シライ 僕は偶然の出会いから始まった韓国との交流を、自分の演劇活動の軸に据えています。今回、日本の公共劇場である「座・高円寺」で、日韓の合同チームが一つの歴史的な痛みに向き合い、作品を作り上げることには大きな意義があると思っています。知らない過去を知り、痛みを分かち合う。決して簡単な道のりではありませんが、僕たち表現者にはそれができると信じています。杉並区は台湾とも交流がありますし、まずはアジアとの交流に腰を据えてやっていきたいと思っています。
シライケイタ
1974年生まれ。演出家、脚本家、俳優。
蜷川幸雄演出『ロミオとジュリエット』のパリス役で俳優デビュー。2010年、劇団温泉ドラゴン旗揚げ公演に自らの初戯曲となる『escape』を提供。以降、同劇団内外で数々の脚本・演出を手掛け、13年日本演出者協会若手演出家コンクール2013 優秀賞および観客賞(『山の声』)、15年韓国・密陽(ミリャン)国際演劇祭 戯曲賞(温泉ドラゴン韓国ツアー『birth』)、18年第25回読売演劇大賞「杉村春子賞」(『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(若松プロダクション)、『袴垂れはどこだ』(劇団俳小)の演出において)を受賞。劇団「温泉ドラゴン」代表、日本演出者協会理事長、日韓演劇交流センター会長。令和5年7月1日より座・高円寺芸術監督。
日程: 2026年6月5日(金)~14日(日)
会場: 座・高円寺 1
作: キム・ミンジョン
翻訳:石川樹里
演出: シライケイタ(劇団温泉ドラゴン)
アーティスティック・ディレクター:コ・スヒ(劇団58ROUTE)
出演: いわいのふ健(劇団温泉ドラゴン)、筑波竜一(劇団温泉ドラゴン)、五十嵐明(劇団青年座)、内田健介、京極洋太、清水直子(劇団俳優座)、ソ・ドンガプ、キム・ジェウン(劇団58ROUTE)、イ・ジョンウォン(劇団58ROUTE)、パク・ホンスン(劇団58ROUTE)、ユ・シヒョン(劇団58ROUTE)
美術:松村あや
照明:奥田賢太(colore)
音楽:的場英也
音響:角張正雄
衣装:西原梨恵
主催:座・高円寺(指定管理者:合同会社syuz’gen)
共同製作:一般社団法人劇団温泉ドラゴン、劇団58ROUTE
一般社団法人劇団温泉ドラゴン
後援:杉並区、韓国文化体育観光部、韓国国際文化交流振興院
【韓国・ソウル公演情報】
日程: 2026年6月26日(金)~28日(日)
会場: 城北メディア文化センター 夢の光劇場(客席数:323席)
取材・文:柾木博行






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