座・高円寺は「1人1人に何かを手渡せる場所」 大川智史新館長インタビュー

座・高円寺の新館長となった大川智史氏
インタビュー
透明性、ハラスメント対策、アクセシビリティ。新しい指定管理者syuz’genから座・高円寺の新館長となった大川智史が語る「開かれた劇場」とは──

 

2026年4月、東京・杉並区立杉並芸術会館(座・高円寺)は、2009年の開館以来17年間にわたり運営を担ってきたNPO法人劇場創造ネットワークから、合同会社syuz’gen(しゅつげん)へと指定管理者が交代された。

新体制の館長に就任したのは、公共劇場と制作会社の双方に身を置いてきた大川智史氏。「透明性」と「風通しの良さ」を旗印に掲げながら、新しい公共劇場のかたちを作り上げようとする新館長にこれからの座・高円寺について伺った。

(取材・文:柾木博行)

制作会社syuz’genとは

座・高円寺の新しい指定管理者となった合同会社syuz’gen(しゅつげん)。演劇関係者の間では「東京芸術祭などの運営を行う会社」「劇団温泉ドラゴンの制作を担う会社」として知られているが、その業務内容はずっと複雑で、かつ戦略的だ。

「一言で表せば『制作会社』ということになるんですが、私たちのアイデンティティを示すときによく使っているフレーズが『100パーセント・クライアントワーク』という言葉です」

と大川氏は語る。syuz’genは代表の植松侑子氏が10年前に創業し、2026年でちょうど10期目を迎えた。特定のアーティストや劇団のマネジメントを主目的とせず、クライアントの事業を実務面から支えることに特化してきた。演劇公演の制作進行はもちろん、フェスティバルの事務局運営、さらにはアーティスト支援の中間支援事業──たとえば東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京による、芸術文化の担い手のためのプラットフォーム「アートノト」の講座事業の受託まで、その守備範囲は多岐にわたる。

特定のアーティストの色に染まるのではなく、黒子のように、アーティストがやりたいこと・行政が実現したい事業を制度や予算・現場マネジメントと結びつけて形にする──「実装」のプロフェッショナルとしての自負が、syuz’genというチームには一貫して流れている。

もちろん、特定の作り手と深く関わっていないわけではない。2023年から座・高円寺の芸術監督に就任したシライケイタ氏が率いる「劇団温泉ドラゴン」については、長年にわたり制作を担ってきた。「カンパニーとしての関わりで最も長いのが温泉ドラゴン」と大川氏は言う。ただしそれは劇団員としてではなく、あくまで委託を受けてのマネジメント──この距離感の設計こそが、syuz’genというチームの在り方を象徴している。

「公」と「現場」を往還したキャリア

大川氏の歩みは、公共劇場と制作現場の往還で構成されている。大学卒業後、武蔵野市の外郭団体(現・武蔵野文化生涯学習振興事業団)に就職し、武蔵野市民文化会館でコンサートの制作補佐や海外招聘を担当。その後、同じ武蔵野市内の吉祥寺シアターへ移り、企画制作と副支配人を務めた。武蔵野市の財団には通算11年間在籍したことになる。

吉祥寺シアターは客席数190ほどの小規模な劇場だが、今の演劇シーンの最前線とダイレクトに接する現場でもある。地域の方々との関わり、行政との調整、そして今の演劇シーンの作り手たちとどう向き合うか──公共劇場が社会と接点を持つことのリアリティを、そこで学んだと大川氏は振り返る。

個人的な経歴も興味深い。学生時代は劇作家・如月小春が在籍したことで知られる劇団「綺畸」に所属、俳優を志した時期もあった。その当時出会った中では俳優・成河(ソンハ)の存在が強烈な印象を残しているという。「この人たちのようにならないとプロの俳優になれないのかと思うと、自分にはちょっとハードルが高いな、と」。その選択が結果的に、制作・マネジメントという道への入口になった。

syuz’genへの転職は2022年。吉祥寺シアターでできることをひととおり経験し、「自分もこれ以上成長が難しくなるだろうし、それはつまり劇場がこれ以上育っていくことも難しくなるかもしれない」と感じた時、次の場所を探し始めた。公共劇場から別の公共劇場へではなく、制作会社という異なる形で舞台と向き合う場所へ──。その判断の背後には、「現場をもっとちゃんとやりたい、自分たちの劇場以外の現場を知りたい」という思いがあった。

syuz’gen入社後は、2023年にオープンした民間劇場メニコン シアターAoi(名古屋)の運営にも携わるなど、幅広いフィールドで実績を積んできた。こうした「公共の側での運営経験」と「制作会社としての機動力」──この二つの制作の場を経験していることが、今回の館長就任の背景にあるようだ。

なぜ「座・高円寺」の指定管理者に?

「場所を持たない」「アーティストを持たない」ことの自由さで機動力ある活動をしてきたsyuz’genが、なぜこのタイミングで座・高円寺という公共劇場を引き受けることを決断したのか。

「会社としても、チーム全体としても、自分たちのマネジメントのあり方や制作のあり方を、一つの場所で通年を通して実装してみたい、という気持ちが漠然とながらあった。これまでは『点』での関わりが多かったので、一つの場を継続的にお預かりすることで、より深く、持続的に表現や地域に関われるのではないかと」

そんな機運のなかに、座・高円寺の指定管理者公募のタイミングが重なった。前体制が17年かけて耕してきた「演劇を通した街づくり」の土壌、そしてシライケイタ氏が芸術監督になった──この巡り合わせが、決断を後押しした。シライ氏の芸術的なビジョンと、syuz’genのマネジメント力。この二つを掛け合わせることへの展望が、応募への大きな動機になったと大川氏は語る。

「収益のためではなく、私たち組織のミッションを実現する機会と捉え、社会的使命への投資として選択した」とも率直に明かす。指定管理料という公的資金を活用するとはいえ、応募から準備のプロセスまで会社としての相応の投資を要する。それでもなお踏み切ったのは、代表・植松侑子氏の経営判断と、チーム全体で「劇場という拠点を持って次のステップへ」という思いを共有できたからだ。この巡り合わせは、単なるビジネス上の決断を超えて、自分たちが信じる「表現の支え方」を公共の場において証明しようとする挑戦として、チームに受け止められた。

コンペに際しては、スタッフ全体で毎週時間をかけて「劇場とは何か」「自分たちがどういう価値を生み出したいのか」を問い直し、その議論の積み重ねをプレゼンテーションに反映させた。その中心的な柱となったのが「透明性」と「開かれた劇場」というビジョンだった。

「透明性」と「風通しの良さ」── 新しい運営モデルへ

劇場のリニューアルを象徴したシンボル
劇場のリニューアルを象徴したシンボル

近年、公共劇場をめぐっては、ハラスメント問題や創作環境の不透明さが業界全体の課題として浮上している。座・高円寺についても公益通報が行われたことが昨年新聞などで報道された。syuz’genがコンペで提示した「開かれた劇場」というビジョンは、こうした時代の要請と無縁ではない。

「ハラスメントの問題は、ここに限らず日本の舞台芸術界においてまだまだ現在進行形で起きているということは紛れもない事実です。劇場が先頭に立って、ハラスメントを起こさない仕組みづくりを打ち出していくことが、広く舞台芸術の創造環境に影響力があると考えています」

代表の植松侑子氏は日本の舞台芸術業界においてハラスメント対策のトップランナーの一人として知られており、syuz’genはすでにその実践を会社として積み重ねてきた。新体制のもとでは、ハラスメント防止ガイドラインを速やかに策定・公開する方針だ。(注:4/2(木)に座・高円寺Webサイトで公開された

また「開かれた劇場」はハラスメント対策にとどまらない。大川氏が力を込めるのが、アクセシビリティの抜本的な拡充だ。

「舞台に立つ人も、それを支える裏方のスタッフも、様々な特性がある方が参加できる──それをスタンダードにしていくことを目指したい」

私たちが生きている世界は、様々な人が自然と混ざり合っていることが当然の前提であるはずだ──にもかかわらず、舞台の上には日本語を流暢に話せる、障害がない人々だけが立ち並ぶことが「普通」になってしまっている。その状況を劇場が強化し続けることへの問題意識が、大川氏の語りの根底には流れている。日本語を第一言語としない人、身体的・感覚的に多様な特性を持つ人──舞台の上にも裏方にも、より多様な人が参加できる環境を、単発の「意図的な企画」としてではなく「スタンダード」として根付かせること。それが、syuz’genが提案した劇場像の核心にある。

2026年度プログラムは「継承と刷新」のラインアップ

発表された2026年度の主催プログラムは8本。前体制が築いてきた17年間の実績を踏まえつつ、新体制の運営モデルを織り交ぜた「継承と刷新」と呼ぶべき編成だ。

幕開けを飾るのは、梅田哲也の新作『空洞』(4月29日〜)。劇場の開館時からの記憶をテーマとした作品だ。新しい体制だからこそ過去を切り捨てるのではなく、この劇場の記憶を掘り起こすことから始める──その意志が、幕開けの一本に込められている。

新体制の大きな柱となるのが、6月の国際共同製作──劇団温泉ドラゴン×劇団国道58号線(韓国)による『長生炭鉱――生きたかった』だ。シライ芸術監督はこれまで日韓関係を題材にした作品に取り組んできており、芸術監督としても『アジアの隣人と共同製作を』という構想を持っていた。山口県宇部市の海底炭鉱で起きた悲劇を韓国チームの提案を受けて実現したこの作品で、日韓の表現者が対話を重ねる。劇団国道58号線は、日韓共同製作『焼肉ドラゴン』で主演を務めた実力派女優コ・スヒが、2023年に本国で立ち上げた劇団で、韓国で日本戯曲作品の上演を続けている。劇団国道58号線としての日本公演は今回が初となる。

一方、継承の側面を担うのが、杉並区内の小学4年生を無料招待する『夏の夜の夢』(9月)と、音楽と語りのシリーズ「ピアノと物語」の『トロイメライ』(12月)。前体制が育ててきたシリーズのシライ演出作品を継続・発展させる。

また、2026年度からは新たに「日本演出者協会」との提携が加わった。シライ氏が同協会の理事長を務めていることも背景にあり、これにより劇作家協会・演出者協会の双方がプログラムに参加する体制が整う。特定の団体に固定されず、より多様な才能が劇場を使える仕組みを整えることで、「劇場に風を通す」ことを目指している。

「劇場創造アカデミー」の再編

座・高円寺のアイデンティティの一つだった「劇場創造アカデミー」。俳優・演出・制作など複数のコースを持つ2年制の養成プログラムは、前体制17年間の象徴の一つでもあったが、新体制では1年制の「演技クラス」として抜本的に刷新される。

「劇場創造アカデミーに関しては、内容は非常に充実しているものの、社会の変化のなかで少し制度疲労を起こしているのかなという所感が客観的に見てありました。そのまま継続していくのはいずれにせよちょっと難しいかな、という思いはあった」

それでも「止める」という選択は選ばなかった。シライ監督との対話を重ねるなかで、「劇場の中で人が育つ風景、常に誰かが何かを学んでいる姿こそが、座・高円寺の核である」という再認識に至ったからだ。

「アカデミーを出たからまず一足飛びにプロの俳優になっていく、ということではないのかなと思っていて。文学座さんや新国立劇場さんの養成所とも目指すところが違う。ここを出て、地元の仲間と社会人劇団を作るかもしれないし、街場でここで学んだスキームを使った活動をするかもしれないし──そういった自分たちの活動を広げ、劇場の仲間や演劇に親しんでくれる人たちを増やしていけるプログラムにしていきたい」

また、現在参加者が演技コースに偏っている実情を踏まえ、1年制・演技特化という形が合理的だという判断もあった。アクセシビリティを意識した新プログラムも盛り込み、「社会と繋がる表現者を育てる」というコンセプトのもと再出発する。2027年度以降のあり方については、シライ芸術監督とともに現在も協議を続けているという。

「日常」としての劇場──カフェ、稽古場、そして地域との連携

リニューアルシンボルを掲げた劇場
新しい指定管理者になり、リニューアルシンボルを掲げた劇場

公演プログラムの外側でも、「日常としての劇場」を実現するための布石が打たれている。

2階のカフェは名前を「まぁるいカフェ」と変えて、4月9日にリニューアルオープン。チケットがなくても立ち寄れる、街の「広場」としての機能を強化する。また、地下3階にある稽古場の一般貸し出しについても、杉並区との調整を経て準備を進めている。ただし稽古場はアカデミーや提携団体の利用も多く、貸し出し枠には限りがある。それでも大川氏が貸し出しに積極的な理由は明確だ。

「地域でどういう活動をしてる人たちがいるのか、そういった方たちがこの劇場に期待していることってなんなのか──そのお声を知って、運営に反映していくという循環が作れるのではないかと思っています」

地域の名産が集まるマルシェとして地元の人々に親しまれてきた「座の市」は、地域とアート・カルチャーを繋ぐ「劇場前マルシェ」とリニューアルされる。前体制が育ててきた区民との接点を細らせることなく、むしろ「自分たちの場所」として区民が利用できる仕組みを整えていく方針だ。

広報媒体については、フリーペーパーの存続も含め現在検討中。デジタルとアナログの最適な組み合わせを模索しながら、高円寺という地域のカルチャーとのコラボレーションも視野に入れているという。

2028年度の休館は「劇場の外へ出るチャンス」

6年間の指定管理期間中の大きな課題となるのが、2028年度に予定されている中規模修繕に伴う休館だ。公式には「最長1年」とされているが、高円寺の「四大まつり」──大道芸・阿波おどり・高円寺フェス・演芸まつり──との兼ね合いもあり、実際の休館期間については現在も杉並区と協議が続いている。

「アウトリーチなどの実践だったりとか、公演を地方で上演したり、体育館で上演したりみたいなことも含めて、1年休館になってもいいような準備はしているつもりです」

今回の韓国との共同制作を皮切りに、将来的には海外公演や国際的なネットワークの構築も視野に入れている。建物というハードにとどまらず、劇場の精神を外へと広げていく期間として、休館を積極的に位置付けようとする姿勢がある。

公共劇場の未来──「大きな主語」に奉仕しない勇気

少子高齢化などで行政サービスの先細りが懸念されるなか、公共劇場への助成について世間的な視線も厳しいものになってきている。そんななか、大川氏が最後に語ったのは、劇場の存在意義をめぐる、静かだが本質的な問いかけだった。

「ここが区民の方の税金を原資にしているということは重要です。だからこそ、この劇場が一部の人だけのものではなく、できる限り多くの人にとっての場所であるということが大切になる。価値観が全然違ったり、知らない人と出会える、いろんな人の日常と地続きであるということがすごく大事なのかなと思っています」

しかし一方で、大川氏はもう一つの重要なことを強調する。「開く」という言葉が、アーティストを社会奉仕の道具にしてしまうことへの警戒だ。

「個人的にすごく大事にしたいのは、アーティストが行政や市民といった、ぼやっとして大きな『主語』に奉仕する必要は全くない、ということです。どうしても『開く』というと、芸術家の才能を社会貢献のために提供するようなイメージを持たれがちですが、そうではなくて。アーティストにとって作品を作ることはあくまでも日常で──その日常と、劇場にあまり縁のない人たちの生活が、同じレイヤーで本当は存在しているはずだと思っているので。異質なものが異質なまま出会える場所として、そこで新たな想像力の喚起に繋がっていく。そういう出会いと交換が多数起これば、文化施設が社会にとって必要な存在だということが、もっと実感されていくんじゃないかと思っています」

そうした思いを、大川氏は最後にこう結んだ。

「町が活性化するのか、自分が楽しいのか──その形はいろいろあっていい。でも、やっぱり1人1人に何かを手渡せる場所であることが大事だと思っています。そういったことを大切にしながら、プログラムを組み、日々の運営を行い、街の人と出会っていく──そういう劇場にしていければと思っています」

制作会社による公共劇場の指定管理という新たな試みが始まった。その評価が出るのは、まだこれからのことだ。しかし、syuz’genが公共の場で問い直そうとしている「表現の支え方」は、日本の公共劇場の未来を考えるうえで、一つの回答になるかもしれない。

大川智史氏大川智史(おおかわ・さとし)
1985年仙台市生まれ。武蔵野市民文化会館での勤務、吉祥寺シアターでの副支配人等を経て、2022年に合同会社syuz’gen入社。数多くの制作支援や講座運営業務等に携わり、現場と制度の両面に携わる。2026年4月より、杉並区立杉並芸術会館(座・高円寺)館長に就任。
座・高円寺の2026年度プログラムの詳細はこちらから

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