世田谷パブリックシアター+コンプリシテ共同制作『春琴』谷崎潤一郎「春琴抄」「陰翳礼讃」より
2/21日(木)〜3/5(水)
劇場=三軒茶屋:世田谷パブリックシアター
評価:★★★★★(Excellent)3/1(昼)所見
●原作=谷崎潤一郎
●演出・構成=サイモン・マクバーニー
●出演=深津絵里、チョウソンハ、ヨシ笈田、立石凉子、宮本裕子、麻生花帆、望月康代、瑞木健太郎、高田惠篤/本條秀太郎(三味線)
●美術=松井るみ/マーラ・ヘンゼル
●照明=ポール・アンダーソン
●音響=ガレス・フライ
●映像=フィン・ロス
●衣裳=クリスティーナ・カニングハム


 サイモン・マクバーニーと世田谷パブリックシアターの共同制作による舞台。『エレファント・バニッシュ』に続く第2弾となる今回は、谷崎潤一郎の『春琴抄』を舞台化した。パンフレットなどを読むと、10年かかってできた作品とある。実はこの企画はパブリックシアターが開場した当初からサイモンが考えてきたものだ。それだけに、完成度の高さは孤高の極みに達した感があり、間違いなく今年のベストワンとなるだろう。
 サイモンが日本人俳優と出会った最初はいうまでもなく、ロンドンへ留学した野田秀樹がコンプリシテのワークショップに参加したときである。以来、コンプリシテとして来日公演を何度も行い、さらにパブリックシアターが出来てからは、何度となく来日しては日本人俳優を相手にワークショップを重ねてきた。そのたびにサイモンが谷崎の『陰翳礼讃』をテキストに使っているという話を聞いた。なので、日本人俳優を使う作品として最初に『エレファント・バニッシュ』が発表されたときには意外な気がした。おそらくサイモンはまだ日本の近代作家を取り上げるのが早いと考えたのだろう。それからまた数年が経ち、ようやくサイモンが作る谷崎ワールドを見ることができた。
 谷崎の代表作である『春琴抄』は、19世紀の大阪を舞台に、盲目の三味線師匠・春琴と、彼女の奉公人であり内縁の夫でもある佐助の主従を超えた愛を描いた作品だ。今回サイモンは、この物語をベースにその奥に潜む日本人の美意識として『陰翳礼讃』を織り込んで、一つの世界を作り上げた。構成としては現代の日本人と近代の日本人(「春琴抄」の物語)を行き来するような形である。ひとりの中年女優(立石凉子)が、京都のNHKでラジオの番組として「春琴抄」を朗読していく。物語は彼女の朗読で展開していく春琴の物語と、収録の合間に起きる彼女自身の不倫相手との携帯電話でのやりとりで、現代と近代の日本人の精神性を往還する。もちろんこれは、谷崎の「春琴抄」自体が、春琴をめぐる逸話とその語り手の、主体と客体という二つの視点から描かれていることと相通ずる。
二つの視点といえば、物語の半ばまで、主人公の春琴は二つの視点から表現される。人形と語り手(深津絵里)という文楽のような形であり、それが物語が進むにつれ、人形ではなく麻生花帆演じる肉体と、深津が話す精神という形で表現される。眼目は、これがただのスタイルとして使われるだけでなく、春琴が弟子の娘と佐助の仲をいぶかり嫉妬する場面で、麻生花帆演じる肉体が泣き崩れて床に伏した後、春琴の心を表現する深津はまだ思いあまったまま佐助を責める、という形で春琴の抑えられない感情を表現していたところだ。この後の春琴は、深津がひとりで演じていく。
 松井るみの美術は、畳、和紙、和服、竹といった近代日本を表象するものを用いており、サイモンの演出がそれらを有機的に使うことで美しいミザンセーヌを作り上げた。特に春琴と佐助が鶯を放ち、それが和紙となって舞い、さらに和服となって高く登っていく場面は、その美しさだけで涙を禁じ得ない。
 終幕、すべての役者たちが奥に去り、舞台真ん中に残った三味線が、現代日本の雑踏を投影した巨大な壁に押しつぶされる。ひとつの文化、あるいは精神性というのが破壊されていくことへの警鐘のような幕切れだった。

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