9月21日(金)ー 30日(日)
劇場=三軒茶屋:シアタートラム
評価:★★★★(VeryGood)9/22(夜)所見
●作・演出=宮沢章夫
●出演=若松武史、齋藤庸介、佐藤拓道、鎮西猛、鄭亜美、時田光洋、南波典子、二反田幸平、橋本和加子、三科喜代、山縣太一、杉浦千鶴子、上村聡・田中夢(遊園地再生事業団)
●舞台監督=海老沢栄
●照明=齋藤茂雄
●音響=半田充(MMS)
●舞台美術=大泉七奈子
●衣裳=岩倉めぐみ
●映像=岸健太朗、今野裕一郎、井上真喜


 宮沢章夫が主宰する遊園地再生事業団の2年半ぶりの公演。若松武史、杉浦千鶴子という大ベテランにチェルフィッチュの山縣太一といった若手が加わり、ギリシャ悲劇や遺跡ねつ造問題、さらにパレスチナ問題などをからめつつ、国や歴史を作るための闘いが描かれる。
 今回の『ニュータウン入口』はある郊外のニュータウンが舞台となっている。そこに引っ越しを考えている若い夫婦、彼らに家を売り込む不動産屋、夫婦にこの街の魅力を伝えようとする日本ダンス普及会のひとびと、人目を避けながら兄を捜しているアンティゴネとイスメネという兄弟、森になにかを埋めている謎の男F、イスメネがバイトするレンタルビデオ店で働くバイト仲間の女たち……。さまざまな人びとが集まるこの物語は、ここ最近の宮沢が興味を抱いたモチーフが地層のように積み重なっている、いわば宮沢の活動・思考の軌跡を追い掛けるようなものになっている。
 そこで展開されるモチーフや表現手法はこれまでの作品から変化しているが、テーマは一貫している。社会的政治的なマイノリティの闘争についてだ。昨年宮沢が世田谷パブリックシアターのプロデュースで上演した『鵺/NUE』は安保闘争と小劇場運動という60年代の2つの闘争を扱ったが、今回は都市や国家、そして歴史を作るための闘争を様々なレベルのエピソードからあぶり出している。あるいはポストコロニアリズムを主題にしているといってもいいだろう。
 これまでのリーディング公演、準備公演と大きく違うのが美術セットがあること。分譲地のような四角いコンクリートと土の区画が市松で並んでいるが、その周囲は鉄骨の枠が固め、さらに奥には巨大な鳥居のような鉄骨があり、そこからスクリーンが垂れ下がる。これまでの2回のプレビュー公演では表面化しなかった、市民を管理・抑圧するシステムの存在が明確な形で出されている。もうひとつ大きな変更点は、ラストシーン。ここで宮沢は演劇の作為を放棄してしまう。そしてニュータウンというのが、国家規模で作られたものが何か、映像で明らかにされる。
 そう、それはイスラエルだ。もちろん、ここで取り上げられているのがたまたまイスラエルというだけで、同じことは人類の歴史が始まって以来、ずっと続いてきた。外から来た者が「ニュータウン」と呼ぶ土地は、しかしそれまでも誰かがいた場所であり、そこを約束の地、新大陸と呼ぶ外来者は、ネイティブにそこにいた者たちを力づくで排除し、文化の痕跡を埋めつくし、「そこには何もなかった」ことにしてしまうのだ。
 劇の終幕、演劇であることを放棄した宮沢は、それをまとめることもなく、観客を投げ出す。演劇を見に来たつもりの観客に向かって、まだ作り上げられていない材料を渡して、それから先をすべて観客にゆだねるかのような手法である。観客は終わったのを理解するのに時間がかかるくらいだ。
 若松武史と杉浦千鶴子ら舞台の空気を変えるパワフルな芝居を見せてくれる。若手ではアンティゴネ役の鎮西猛、鳩男役の二反田幸平が魅力的な個性をもっている。また、役者ではないがかなりの場面で登場し、ビデオカメラで舞台奥の役者達をスクリーンに撮影しているカメラマンの今野裕一郎が、観客と舞台を結びつける重要な存在を淡々とこなしていたのが印象的だ。

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