『天一坊十六番』写真左から、女流作家役の津田真澄、大岡越前守役の山路和弘、天一坊役の横堀悦夫(撮影:飯田研紀)

『天一坊十六番』写真左から、女流作家役の津田真澄、大岡越前守役の山路和弘、天一坊役の横堀悦夫(撮影=飯田研紀)

 劇団青年座は、6月10日(金)− 20 日(月)代々木の青年座劇場で47年前に同劇場のこけら落とし作品として初演された矢代静一の『天一坊十六番』を再演する。劇団の中心的俳優陣である津田真澄、横堀悦夫、山路和弘らが出演し、若手女性演出家・金澤菜乃英を本公演で初めて起用。また劇伴音楽を数多く手掛けてきた日高哲英氏の音楽に合わせて近藤良平の振付によるダンスシーンを加え、2016年バージョンとしてリニューアルした意欲作だ。
 
 この作品、初演時には『天一坊七十番』という題名だったが、矢代は本作初演時のパンフレットに「もし、この世の終わりがくるまでに、再演、再再演されたら、その年の数字を記そうと考えたわけである。」と書いていたため、今回はこの文章に従い『天一坊十六番』とタイトルを変更。さらに、作家が台本を書き進めながら、それらを俳優たちが演じていくという構成で、江戸時代と現代をつなぐ構造をとっているため、今回は江戸時代、1969年(初演)、そして新たに 2016年(現代)という3つの時代を描く。
 物語は女流作家が台本の第一幕を書いているところから始まる。その内容は、講談や歌舞伎の題材として知られる徳川八代将軍吉宗の御落胤と称する天一坊を心にした「天一坊事件」をモチーフにしつつ、天一坊をイエス・キリストに、漁師九助を使徒ペテロ、楓と椿姉妹をマグダラのマリア、マルタ姉妹、天一坊を裁く大岡越前守をピラトに見立て、『マリアの首』などと同様にキリスト教の影響が色濃く反映された矢代作品のひとつとなっている。

今回は劇団提供による演出家・金澤菜乃英と音楽家・日高哲英、振付の近藤良平による鼎談の原稿を以下に再録した。

『天一坊十六番』の公演情報はこちら =>

 矢代静一の『天一坊十六番』(初演時タイトルは『〜七十番』)は1969年、代々木八幡に青年座劇場が開場した際のこけら落とし作品。執筆中の女流作家の世界と徳川吉宗が統べる江戸、将軍の落とし種と言われる謎の男・天一坊を案内人に、時空も次元も軽々と飛び越え、観る者を遥かな旅へと誘う野心作に挑むのは、青年座本公演デビューとなる演出家・金澤菜乃英だ。大胆な劇世界の構築に金澤が選んだ相棒は生バンドとダンス。クセモノ戯曲に取り組む三人のプランナー、その「企み」を聞いた。

『天一坊十六番』写真左から、女流作家役の津田真澄、大岡越前守役の山路和弘、天一坊役の横堀悦夫(撮影:飯田研紀)

『天一坊十六番』写真左から、大岡越前守役の山路和弘、女流作家役の津田真澄、天一坊役の横堀悦夫(撮影:飯田研紀)

金澤 青年座附属養成所の研究生時代に、今作の作家・矢代静一さんが書かれた浮世絵師三部作(『写楽考』『北斎漫画』『淫乱斎藤英泉』)を読み、非常に感銘を受けたんです。しかも初演していたのは青年座で、「是非この劇団に入りたい!」と入座の決意を新たにさせてくれました。だからこの戯曲の上演が決まったと聞いたときは、反射的に手を上げていました。

近藤 僕も日高さんも金澤さんと仕事をするのは初めて。金澤さんは、僕が授業を持っている多摩美術大学の学生で、出会いは生徒としてだったんだけど、日高さんとはどうやって知り合ったの?

金澤 うちの製作部から紹介していただいたんです。

日高 今年一月、「別役実フェスティバル」の企画の一つ『別役実を歌う』の音楽監督をやらせていただきまして。そこで金澤さんに紹介していただいたんですよ。

近藤 あ、それ僕も参加していたんですよ。北九州芸術劇場製作で、別役さんの『《不思議の国のアリスの》帽子屋さんのお茶の会』を演出・振付したんだけど、後乗りでフェスティバルに入れてもらって。

日高 コンサートにも参加していただけば良かったですね。

近藤 本当に。でも今回は良い機会をいただいたと想っているんです。金澤さんの本公演演出家デビューと聞いたら手伝いたいと思うし、僕自身も今、芝居に興味が募っているところだったので。

金澤 作品の後半に、“オイチニ”と人々が歩くうち、次第に場が興奮し、祭りのような狂乱状態になる場面があるんです。そこを私の演出だけで表現するのは難しいと思い、近藤さんがその場面をどう見て、どんな風につくっていくか話し合いながらクリエイティブな時間を過ごせたら、と思っていて。

日高 その狂乱の場もそうですけれど、戯曲全体に勢いや熱さがありますよね。既成の枠から飛び出そうとするエネルギーがすごく感じられる。劇場落成、そのこけら落としという状況も含め、生まれた作品なんでしょう。だから筋立てとかに多少無茶なところがあっても気にならず、先へ先へと作品に引っ張っていかれるのかな、と。
 また金澤さんがサンプルで持ってきた音源も、パワー爆発! という感じで。どこかアバンギャルドの匂いがして、ちょっとハズしたニュアンスがこの戯曲に通じる気がする。僕も「自分の枠を超えなきゃ!」と思いながら、作曲しています。それに生演奏ですから、ミュージシャンが芝居に拮抗してパワーを発揮できるような曲にしなければいけないですし。

近藤 そもそも青年座という劇団のパワフルさを、稽古場でもすごく感じるんですよ。(研究所)一期から四十期まで普通に同じ現場に居て、年齢に関係なくタフに芝居づくりに臨んでいるし、きっと普段から活き活き生きている人たちなんだろうな、と思える。しかも稽古だけでなくセットや道具づくりなんかも、全部ここでできるわけでしょ? そういうことが60年以上綿々と続いてきた、この場所と劇団員さんたちが持っている時間の幅、厚みみたいなものになっている。それらを感じながら、振りにも活かしたいと思っています。

『天一坊十六番』近藤良平(右手前)の振付でダンスのレッスンをする出演者たち。

『天一坊十六番』近藤良平(右手前)の振付でダンスのレッスンをする出演者たち。

日高 それに金澤さんのような若手演出家に、大きな作品を任せるというのも懐深いですよね。

金澤 本当に感謝しています。腕のある方ぞろいで、毎日皆さんの力をお借りしている状態。どのポジションの方も自身のやるべきことに良い意味で責任を重く持とうとして下さって。それに応えるには今、自分が持っているもの全部で当たっても足りなくて日々満身創痍です(苦笑)。でも、たくさんアドバイスをいただきながらも、作品全体を俯瞰する目は忘れず進んで行きたくて。流れや関係性より、その場その場の瞬発力でシーンを成立させなければいけない手強い戯曲ですから。だから音楽やダンスなど意味や言葉を超越した表現が、作品にとって大切だと思って。

日高 そう、だから生演奏にも大きな意味があるんです。極論を言えば、ラストは即興演奏でもいいと思っているくらい。俳優の演技がミュージシャンを触発し、毎回新しい音楽が生まれる。それができたら最高にカッコイイし、譜面を作るにしても即興的な部分は残しておきたい。この戯曲が、それを求めている気がします。

近藤 そもそもこの劇の台詞には独特のリズムやテンポがある。俳優さんたちが喋るうち、自然にリズムが生まれ、身体もそれに乗って動かされる。しかも、ちゃんと日本独自の音楽のリズムになっていて、聴いても動いてみても心地良い。そんなリズムを活かした振りにしたいよね。

金澤 お二人のお話を聞いているだけでワクワクしてきました。膨大な台詞と歌やダンス、やること満載の最後に来る狂騒のシーンが、俳優にもお客様にも全てを解放できる、発散の瞬間になればいいですね。

(取材・文=尾上そら)

About Author

Comments are closed.