60年代の小劇場運動第1世代として活躍してきた劇作家・演出家の太田省吾さんが13日午後5時10分、肺ガンによる肺炎のため亡くなった。67歳。葬儀は行わず、後日「お別れ会」を開く予定。自宅は公表しておらず、連絡先はマネジメントを担当していた制作会社の魁文舎(かいぶんしゃ)。


 中国・済南市生まれ。1962年に学習院大を中退し、68年に程島武夫らと転形劇場の創立に参加し、70年に主宰となった。能舞台を使い、せりふをそぎ落とした「小町風伝」で、78年岸田戯曲賞を受賞。さらにその手法を推し進めて、81年には舞台上でせりふをまったくしゃべらず、極端に動きを遅くした「水の駅」を発表。戯曲上ではせりふを書いているものの、舞台ではひと言も発語されない“沈黙劇”のスタイルを確立し、その後「地の駅」(85年)、「風の駅」(86年)を作り、国際的にも高く評価された。
 88年に経済的な事情から創作の拠点であったT2スタジオを閉じることになり、それとともに転形劇場を解散。その後、湘南台市民センター芸術監督、近畿大教授、京都造形芸術大教授・映像舞台芸術学科長などを歴任した。また、劇団解散後は演劇集団円に書き下ろし作品を提供したり、海外との共同制作で劇団時代の作品を改訂して発表するなど、活動の場を広げた。劇団解散後の代表作に「更地」(92年)など。最後に演出した舞台は、昨年10月に世田谷パブリックシアターのプロデュースによるベケット作品『また終わるために』より「ある夜 − 老いたる大地よ」のリーディングで、出演は元転形劇場の鈴木理江子と、先日亡くなった観世榮夫だった。
 主な著書に「裸形の劇場」「劇の希望」などがある。

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