10月19日(土) — 27日(日)  三軒茶屋:世田谷パブリックシアター
●作・演出=ロベール・ルパージュ
●出演=イヴ・ジャック
●音楽=ローリー・アンダーソン
●製作=エクス・マキナ(カナダ)
評価:★★★★ (Very Good)10/21(夜)所見
 カナダの演出家ロベール・ルパージュの久々の来日作品。「ヒロシマ—-太田川七つの流れ」(ワーク・イン・プログレス)、「ポリグラフ(うそ発見器)」などで見られた、小道具や映像を巧みに用い、舞台上の視覚空間をカメラのアングルのように切り取り、観客のイマジネーションを拡大してくれる”ルパージュ・マジック”は今回の作品でも健在である。


 「月の向こう側」は、長い間確執のあった兄弟が、母親の死を乗り越えて和解するまでのプロセスを、西側に先行したソ連の宇宙開発計画の推移と絡めながら、重層的に描き出した作品。物語の主軸となる兄弟は、さながら米ソ対立のように、対照的な性格の二人。兄のフィリップは宇宙に取り憑かれた、うだつのあがらない研究者。一方弟のアンドレは、順風満帆なテレビに出演する天気予報士で、ジム通いを怠らないゲイの男性。この二人の確執を通して、物語は人類の普遍的な課題、人は他者とどう向き合うかを問いかける。もしその他者が最愛の母であったら、あるいは気にさわる兄弟であったら、西側からみた「敵」の文明であったら、はたまた広大な宇宙であったら、人はその他者とどう向き合うか。
 開演前に舞台上に見えるのは鉄パイプで組まれた巨大な装置とそこに付けられた蛍光灯の光。やがて客電が落ちると俳優がその装置の前に登場し、装置はゆっくりと回転し巨大な鏡となる。俳優は実際の観客と鏡に映った観客の間で月について語り始め、観客は俳優の向こう側に見える自分たちの姿にめまいを感じながら、表と裏、親と子、兄と弟、ソ連とアメリカといった相いれない対立する価値観についての物語へと誘われていく。
 ルパージュの舞台は”ルパージュ・マジック”と呼ばれるが、今回の舞台でも冒頭の巨大な装置が回転するところから観客のイマジネーションを刺激し続ける。その装置は単に鏡になるだけではなく、バーのカウンターになり、あるいは人工衛星の太陽電池のようでもある。また、今回の舞台では円形の窓が重要なアイコンとして用いられるが、冒頭主人公のフィリップがコインランドリーに行くと、窓はドラム式洗濯機の投入口となり、またあるときは宇宙船のハッチとなり、CTスキャンの開口部になり、月になり、バーの時計になり、母の形見の金魚を入れる水槽になる。しかもその変化がなんの違和感もなくあたかも映像のオーバーラップのように自然に行われるのだ。
 物語の後半は視覚的なマジックは落ち着き、兄弟のドラマに重点が移る。子供時代に兄の部屋との仕切りになっていた本だなを母の形見分けとして引き取りにきた弟は、かつて兄との確執の原因となった出来事を思い出す。そしてソ連の国際会議に招かれた兄は、時差ぼけで会議に遅刻、遠く離れたカナダの弟と電話で話すうちに兄弟は互いの欠点を素直に認め和解する。それはあたかも離れているから月に強く惹かれる我々人類のようである。
 「ヒロシマ—-太田川七つの流れ」のような批評性や、「ポリグラフ(うそ発見器)」のようなサスペンスは表立って現れないが、詩情にあふれたすばらしい舞台である。

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