SPAC-静岡県舞台芸術センターは、宮城聰が演出する「夢幻能『オセロー』(Mugen Noh Othello)」を、6月7日・8日にヴェネツィア・ビエンナーレ(イタリア)演劇部門のオープニング作品として上演する。「夢幻能」の形式でシェイクスピアの四大悲劇を再解釈した本作がヨーロッパで上演されるのは、これが初めてとなる。
ヴェネツィア・ビエンナーレとは
ヴェネツィア・ビエンナーレは美術展として、また建築の展覧会として世界的にその名を知られている。「ビエンナーレ」という名称から隔年開催のイベントと思われがちだが、実はより複合的な文化機関だ。主催者である「ラ・ビエンナーレ・ディ・ヴェネツィア」財団は、美術・建築・映画・ダンス・音楽・演劇の6部門を統括しており、「ビエンナーレ(2年に1度)」という名称は、美術展と建築展が隔年で交互に開催されることに由来している。映画・ダンス・音楽・演劇の各部門は毎年開催だ。
各部門の創設年を見ると、財団の歴史の深さがわかる。1895年に美術展としてスタートし、1930年に音楽部門、1932年に映画部門(世界初の映画祭とも言われるヴェネツィア国際映画祭)、1934年に演劇部門と、順次拡張を重ねてきた。現在もっとも知名度の高いヴェネツィア国際映画祭もまた、この財団が主催するビエンナーレの一部門である。
なお、1954年の第13回国際演劇祭では、日本から能が参加し、ヨーロッパで初めて上演された。以来70年以上を経て、今回は能の形式を現代演劇に接続した宮城聰の作品が、ヴェネツィアで上演されることとなった。
映画祭と同じ名前の「金獅子賞」も
ヴェネツィア・ビエンナーレの演劇部門にも金獅子賞と銀獅子賞がある。ただし映画祭の金獅子賞がコンペティション部門の最優秀作品に贈られるものであるのとは異なり、演劇部門の金獅子賞は「生涯功労賞」だ。さらに銀獅子賞は有望な若手アーティストや、新たな才能の育成に貢献した団体に贈られる奨励賞にあたる。いずれも芸術監督の推薦を受けてビエンナーレ財団の理事会が選定するもので、上演作品を審査員が評価するコンペ形式ではない。
これまでの金獅子賞受賞者にはアリアーヌ・ムヌーシュキン(2007年)、ロメオ・カステルッチ(2013年)、クシシュトフ・ヴァルリコフスキ(2021年)などが名を連ねる。日本でも公演を行ったことのあるオーストラリア・ジーロンを拠点とするバック・トゥ・バック・シアターは、2024年の生涯功労金獅子賞を受賞した。障害を持つアーティストたちが社会的・政治的テーマを扱う先鋭的な作品で知られる同カンパニーは、「障害を芸術的探求のツールとすることで世界的に知られた、オーストラリア演劇の刷新の先駆者」と評された。
今年の演劇部門は「Alter Native」をテーマに、俳優ウィレム・デフォーがセレクション
今年の演劇部門は第54回を迎え、俳優として、またウースター・グループの創設メンバーとしても知られるウィレム・デフォーが芸術監督を務める。テーマは「Alter Native(オルタネイティブ)」。デフォーはこの言葉を「『ALTER』は変化、『NATIVE』はあなたの本質。あるいは『ALTER』は他者、『NATIVE』は自分の属する文化」と説明し、多くの観客が馴染みのない声や文化を世界に発信することをプログラムの軸に据えている。フェスティバルは6月7日から21日まで開催される。
今年の金獅子賞(生涯功労賞)はシチリア出身の劇作家・演出家エンマ・ダンテ、銀獅子賞はアルバニア系ギリシャ人演出家マリオ・バヌーシが受賞する。参加アーティストはインド、インドネシア、ルワンダ、サモア、ギリシャなど世界各地から集まり、SPACはそのオープニングを飾ることになる。
SPAC「夢幻能『オセロー』」とは
SPAC「夢幻能『オセロー』」は、比較文化史の大家・平川祐弘氏が「夢幻能」を『オセロー』を題材に考察した論文に端を発し、宮城が平川氏に謡曲台本の執筆を依頼して生まれた作品だ。2005年に東京国立博物館で初演、2018年にはニューヨークのジャパン・ソサエティと静岡芸術劇場で上演された。
シェイクスピアの『オセロー』を、殺されたデズデモーナの亡霊が演じる痛切な「愛の物語」として昇華させた本作について、宮城は演出ノート(2018年)でこう記している。
黑い肌の傭兵将軍と、ヴェネツィア貴族の娘の、あまりにも純粋な恋。
愛情こそが肌の色と年齢と宗教の壁を超える・・・この完全すぎるカップルが、猜疑と嫉妬の修羅場へと転落してゆくさまを描く『オセロー』は、シェイクスピア四大悲劇のうちでも最もダイレクトな「愛の物語」です。
この美しくも残酷な戯曲を、平川祐弘は、オセローに殺された妻デズデモーナの霊が思い出を生き続けているという設定で、能の台本に書き直しました。それによって生まれたのは、目をそむけたくなる嫉妬を観客に突きつけてくる原作とは趣を一変させた幽玄な世界です。不貞を疑われ、その誤解からオセローに首を絞められたデズデモーナが、しかし、その殺しの瞬間にこそ最もオセローと近づいていた、この男と女のパラドクス。その一瞬こそが人生で最も大切な時間となり、デズデモーナの霊はその一瞬に支えられて存在し続けているのです。
愛情というものをその破綻の側からとらえ返したとき立ちあらわれる希望。愛情への希望がおしなべて冷笑される時代に、こうして希望はよみがえり、見るものを襲うのです。
1990 年以来われわれが一貫して探求してきた“言動分離”の手法、そして俳優たちによる強靭なパーカッション。人間が言葉と肉体に引き裂かれる現代でこそ生まれ得たこの方法によって、「鎮魂のための祝祭」という演劇の淵源が、いま目の前にパックリと口を開けて皆様をお待ちします。
宮城演出の代名詞である「二人一役」の手法と、俳優たちによる強靭なパーカッションの生演奏に彩られた「鎮魂のための祝祭劇」が、ヴェネツィアの観客にどう受け止められるのか注目される。ヴェネツィア公演後は、8月1日・2日に韓国・居昌(コチャン)国際演劇祭への出演も決定している。
54th International Theatre Festival
SPAC 夢幻能『オセロー』(Mugen Noh Othello)
会期:2026年6月7日(日)20:00・8日(月)19:00
会場:Teatro Piccolo Arsenale(ヴェネツィア)
演出:宮城聰
原作:ウィリアム・シェイクスピア(小田島雄志訳による)
謡曲台本:平川祐弘
音楽:棚川寛子
出演:美加理、阿部一徳、池田真紀子、大内米治、春日井一平、加藤幸夫、木内琴子、桜内結う、大道無門優也、寺内亜矢子、ながいさやこ、布施安寿香、本多麻紀、山本実幸、吉植荘一郎
助成:国際交流基金
製作:SPAC-静岡県舞台芸術センター
▶ヴェネツィア公演以降の上演予定:8月1日(土)・2日(日)居昌国際演劇祭(韓国)
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