SPAC、SHIZUOKAせかい演劇祭2026で石神夏希が初AD就任 宮城聰は演劇の使命を語る

左より石神夏希、下島礼紗、鈴木ユキオ、山口良太、宮城聰
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2026年3月10日、東京・新宿区のアンスティチュ・フランセ東京にて、SPAC(静岡県舞台芸術センター)による「SHIZUOKA せかい演劇祭 2026」および2026年度ラインナップ説明会が開催された。

第1部にはアーティスティック・ディレクターの石神夏希、新作ワーク・イン・プログレスの構成・演出・振付を担う下島礼紗、「ストレンジシード静岡」コミュニケーションディレクターの山口良太、コアプログラム出演の鈴木ユキオが登壇。第2部では石神とSPAC芸術総監督の宮城聰が演劇祭の方向性などを語り合った。今回の演劇祭において最大の転換点となるのは、劇作家・演出家の石神夏希が、初めて演劇祭全体のアーティスティック・ディレクター(AD)に就任したことだ。

これまで宮城聰芸術総監督が築き上げてきた国際演劇祭の歴史を引き継ぎつつ、石神が掲げた今年の演劇祭キャッチコピーは、「『せかい』はあなたの隣に住んでいる。」である。

この言葉には、遠い国の出来事として消費される「世界」ではなく、静岡という土地や日々の生活のなかに潜む「他者(=せかい)」を劇場へと引き込む、石神の強い意志が込められている。

説明会において、石神が演劇祭のリリースに寄せた「劇場という場所は都市に似ています、むしろ似ていてほしい」という言葉は、本演劇祭の精神的な支柱として紹介された。同時開催される「ストレンジシード静岡」のコミュニケーションディレクターを務める山口良太は、石神のこの思想に深い共感を寄せ、現代における劇場の価値を強調した。劇場とは同じ場所・同じ時間を物理的に共有する場であり、肉体的に他者と対面してともに時間を過ごす機会が失われつつある現代において、同じ空気を吸いながら誰かの気配を感じる体験には、日常の境界線を溶かしていく力があると山口は語った。

石神自身も、劇場での体験を「あり得る未来、あるいはあり得た現実のリハーサル」と位置づけ、五感を使ってみんなで一緒に想像することで体に刻まれた記憶が、日常に帰った一人ひとりの世界の見方をほんの少し変え、私たちが一緒に暮らしている世界を前に進める力になる、と語った。

石神の描く演劇祭は、単に作品を鑑賞する場に留まらず、異なる背景を持つ人々が同じ時間を共有し、互いの物語を認め合う「広場」としての機能を追求している。

宮城聰『王女メデイア』16年ぶりの静岡再演――「醜さ」から「祝福」へ

今回の演劇祭において、石神がプログラムの柱として据えたのが、宮城聰演出の代表作『王女メデイア』である。16年ぶりとなる静岡での再演。会場は、駿府城公園の紅葉山庭園前広場に設営される特設会場だ。

宮城はこの代表作の再演にあたり、自身の30年に及ぶ創作の軌跡と、現代社会における演劇の役割について語った。若い頃に見てきた芝居の多くは人間や社会の醜い面を暴き出すことを仕事としていたが、人間はこんなにもダメだと教えられ続けても「そりゃそうだよな」と思うだけで終わってしまう、と宮城は振り返る。そのうえで、自分が芝居を作り続ける理由は、人間はかなりダメだけれども、それでも何がしかまだ可能性があるのかもしれないということを、見終わったお客様に感じてもらうためだと語った。「かなりダメダメな人間だけれど、でもひょっとしたらちょっと捨てたもんじゃないところもあるのかもしれない」と最後に思ってもらえるような芝居を目指している、と宮城は述べた。

世界を熱狂させた宮城の美学が、石神ADという新しい視点のなかで、どのように2026年の観客に届くのか。本演劇祭の注目作となることは間違いない。

移動と共生を描く新作『うなぎの回遊』と、アジアの視点

石神夏希が自ら台本・演出を手掛けるSPAC新作『うなぎの回遊 Eel Migration』は、静岡という土地の記憶に深く根ざした作品だ。ブラジルにルーツを持つ地域住民らとの対話を重ねて創作される本作は、海を越えて移動する生命としての人間を映し出す。

自分の意志で移動した人もいれば、状況によって移動を余儀なくされた人もいる、静岡という土地に刻まれた「移動の記憶」を地域の人たちと一緒に掘り起こしていくことで、隣に住んでいるはずなのに見えていなかった「せかい」を可視化する試みだと石神は語った。

招聘プログラムにおいても、アジアの近現代史と身体性に切り込む作品が並ぶ。シンガポールの『マライの虎―ハリマオ』や、フィリピンとスリランカの共同創作『マジック・メイド』は、歴史の波や労働の問題を通して、私たちの「隣人」としての他者を浮かび上がらせる。

さらに、国際交流基金との共催による新プロジェクト「BIOTOPE(ビオトープ)」が始動する。これは東南アジアと日本の劇作家が3年間にわたって交流し、創作の種を育てるプラットフォームである。舞台芸術公園を実験場とし、アジアにおける「戯曲」や「演劇」を再定義しようとするこの試みは、演劇祭に持続的な交流の土壌をもたらすだろう。

ストリートから境界線を溶かす「ストレンジシード静岡」

演劇祭と同時開催され、静岡の街そのものを劇場に変える「ストレンジシード静岡 2026」。コミュニケーションディレクターの山口良太、そして参加アーティストの鈴木ユキオが語ったのは、都市の「隙間」を埋める表現の可能性だ。

山口は、街に無数の「なんだ?(Strange)」という種を生み出すフェスティバルであると表現し、日常の風景を異化し観客を当事者へと変貌させるストリートシアターの意義を説いた。鈴木ユキオの繊細な身体性と、下島礼紗の圧倒的なエネルギーは、劇場という枠組みを超えて、静岡の街に新たな呼吸をもたらす。

2026年度ラインナップの展望とSPACの「リフレッシュ」

説明会では、演劇祭以降の「SPAC 秋のシーズン 2026-2027」のラインナップも発表された。

『伊豆の踊子』:川端康成の名作を、多田淳之介が演出。2023年に初演され好評を博した作品の待望の再演。
新作『ニホンジン』:SPACの新たな挑戦となる意欲作。ブラジルの日系移民家族の100年の物語を瀬戸山美咲が演出。
『星の王子さま』:人材育成・アウトリーチの一環としてSPACの多くの舞台美術を手掛けてきた深沢襟の構成・演出・美術で上演。

宮城聰芸術総監督は、説明会において演出家という仕事についての考えを語り、生の現実に対して何らかの解釈を施し、見る人が少しの距離を取れるようにすることが演出家の役割だと述べた。圧倒的な現実を前に思考停止に陥らないための「冷静さの回路」を開くために演劇はある、というのが宮城の一貫した立場だ。また、石神によるAD体制への移行について、30年続けてきたSPACの仕組みが固定化しがちな中、石神のような新しい視点がそれを揺さぶり、リフレッシュしてくれると語り、このプロセスをSPACが次の時代へと繋がっていくための重要な歩みとして捉えていることを明かした。

静岡の街が「せかい」と繋がる12日間

2026年4月25日から5月6日までの12日間、静岡の街は「せかい」が隣に住んでいることを証明する場所になる。宮城聰が築いた高い芸術的達成と、石神夏希が拓く現代的な広場の哲学。その二つが溶け合う時、SPACは再び、演劇という文化が社会の中でどのような価値を持ち得るのかという問いへの、最も誠実な答えを提示してくれるだろう。

SHIZUOKA せかい演劇祭 2026

会期:2026年4月25日(土)~5月6日(水・休)
会場:静岡芸術劇場、静岡県舞台芸術公園、駿府城公園 ほか

上演作品:
SPAC『王女メデイア』(演出:宮城聰)
バロ・デヴェル『Qui som―わたしたちは誰?』(作:カミーユ・ドゥクルティ、ブライ・マテウ・トリアス)
SPAC『うなぎの回遊 Eel Migration』(演出:石神夏希)
SPACワークインプログレス公演『さあ環境に抵抗しよう、死に抵抗しよう。そうさ生に抵抗するのさ、』(構成・演出・振付:下島礼紗)

BIOTOPE(ビオトープ)―劇作家のためのキャンプ/招聘プログラム ※国際交流基金との共催による東南アジアと日本の劇作家交流事業。
『マライの虎―ハリマオ』(演出:モハマド・ファレド・ジャイナル)
『マジック・メイド』(作・出演:アイサ・ホクソン、ヴェヌーリ・ペレラ)

ストレンジシード静岡 2026

会期:2026年5月3日(日・祝)~5月5日(火・祝)
会場:駿府城公園、青葉シンボルロード、静岡市街地 各所
なんだ?シアター プログラム:

【コアプログラム】
『Peace & Quiet』(鈴木ユキオ×Stopgap Dance Company)
『One Shot』(Collectif Protocole〈コレクティフ プロトコル〉)

【オフィシャルプログラム】
ひびのこづえプロジェクト ダンスパフォーマンス『Are You ALICE?』(中嶋美虹×猪野なごみ×小野龍一)
『誘影灯』(Co.SCOoPP)
『末待奉祭(まつまつたてまつりまつり)2026』(大熊隆太郎)
『NEW HERO〜いざ参らん!呉服町・ゴールデン・大名行列!!〜』(さんぴんと静岡のニューヒーローズ feat.ジンタらムータ)
『ベンチ』(ゼロコ)

【オープンコールプログラム】
『ポスト・グレゴール』(にくぶかしぎ)
『うきふね』(うきも-project-)
『市場に行こう!』(20%実験劇団〈台湾〉)
『LANDSCAPERS』(譜面絵画)

SPAC 秋のシーズン 2026-2027

上演予定作品:
10-11月『伊豆の踊子』(台本・演出:多田淳之介、作:川端康成、映像監修:本広克行)
11-12月新作『ニホンジン』(上演台本・演出:瀬戸山美咲、オスカール・ナカザトの小説に基づく)
2027年1~3月『星の王子さま』(構成・演出・美術:深沢襟、原作:アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ)

「ふじのくに⇄せかい演劇祭2026」の公演情報はこちらから=>

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