SPAC2026秋冬シーズン開幕――石神夏希・上田久美子が語る「今日を生きるあなたと私のための演劇」と物語の再構築

左より石神夏希、上田久美子
ニュース

SPAC(静岡県舞台芸術センター)は2026年秋冬シーズンのラインナップに関するプレス懇親会を10月2日、開催した。今回のシーズンは、SPACにとって大きな転換点となる。これまで芸術総監督の宮城聰が担ってきた上演作品の選定を、今シーズンでは初めて宮城は関わらず、新たにアーティスティックディレクター(AD)に就任した石神夏希が全プログラムをディレクションしたのである。

石神は「今日を生きるあなたと私のための演劇」というメッセージを掲げ、三島由紀夫の『弱法師(よろぼし)』、『ハムレット』、そしてブレヒト作品を再構成した『ガリレオ~ENDLESS TURN~』の3作品を提示した。これは単なるスローガンではなく、劇場を「世界のでこぼこに触れる場所」と定義し直し、既存の物語を自らの手で「編み直す」ための試みである。

劇場で「世界のでこぼこ」に触れる意義

石神は、現代人がスマートフォンなどの「ツルツルした窓」から世界を見る機会が増えていることに警鐘を鳴らす。それに対し、劇場は生身の人間がそこに立ち、観客が隣り合う人の気配や風、匂いを感じる場所である。石神はこの体験を「旅に近い」と表現し、劇場で「世界のでこぼこに触れる」ことの重要性を強調した。

「今の時代、スマートフォンなどの『ツルツルした窓』から世界を見ることがあまりに多いと感じています。それに対し、劇場に来るということは、生身の人間がそこにいて、隣り合う人の気配や、吹いている風、匂いを感じるということ。それは、あらかじめ用意された平坦な情報ではなく、世界の『でこぼこ』に直接触れる体験なのです」

また、石神は「物語を編み直す」というキーワードを挙げた。人は生まれた瞬間から、時代やジェンダー、家族といった既存の物語に無意識に取り込まれている。その役割に縛られ、息苦しさを感じている人々に対し、演劇を通じて自らが生きる物語を自覚し、それを編み直すきっかけを提供したいという。

「私たちは気がつかないうちに、すでにある物語に参加させられてしまっているところがあります。その枠組みの中で、なぜ自分が苦しいのかわからないまま生きている人もいる。演劇を通じて、自分がどんな物語の中に生きているのかに気づき、それを自分なりに『編み直す』力を見つけるきっかけになればと考えています」

三島由紀夫『弱法師』――「生き延びる」人間の奥行きを問う

石神自らが演出を務める『弱法師』は、2022年の初演を経て、今回の再演にあたり構造を深めている。石神は、三島が描いた「救われぬ青年」としての俊徳(=俊徳丸)だけでなく、彼を救おうとする女性・級子(しなこ)の造形に新たな光を当てた。

三島が級子に対して抱いていたであろう「三十路の女の汚らわしさ」という視点を逆手に取り、石神は彼女を「戦禍を経験し、それでも生き延びることを選んだ、奥行きとたくましさのある女性」として描き出す。

「三島さんの描く級子には、どこか『汚らわしい』というような、生き延びていくことへの蔑みのようなものを感じることもあります。しかし、戦後を生きる私たちにとっては、その『汚らしいほどのたくましさ』こそが現実。彼女が戦禍を経験した上で『見ないわ』と言って生き延びることを選んだ、その奥行きを描きたいと考えました」

また、初演時(2022年)と比べ、現代社会において「戦争による街の破壊」というイメージがより身近になったことで、三島の言葉の刺さり方が変化しているという演出家の実感が語られた。

『ガリレオ~ENDLESS TURN~』――真理と社会の対峙

シーズンを彩るもう一つの重要作が、多田淳之介演出による『ガリレオ~ENDLESS TURN~』である。本作は、ブレヒトの『ガリレイの生涯』を原作に、既存の大きな物語(権力や宗教)に対して、個人の発見した「真実」がどのように立ち向かい、あるいは翻弄されるのかを描き出す。

「何が真実かわからない」混迷を極める現代において、自らの知性を信じて思考し続けることの困難さと希望を、ガリレオの葛藤を通して観客に問いかける。これは石神が掲げる「物語の自覚と編み直し」というテーマとも深く共鳴する作品となっている。

上田久美子の『ハムレット』――非言語の視点から解体する古典

11月に上演される『ハムレット』を演出するのは、宝塚歌劇団を経てフリーとして活動する上田久美子。石神は、上田の芸術性と娯楽性を越境する姿勢に共感し、SPACとの化学反応を期待して演出を依頼したという。

上田は、権力闘争や復讐といった男性中心的なロジックの物語を、水に溶けて消滅したオフィーリアの視点から捉え直す。彼女の演出では、オフィーリアを「言葉を持たぬ存在」や「植物・微生物」といった自然の循環の一部として描き、身体表現によってその正体を浮き彫りにする。

「演劇はどうしても人間中心主義に陥りがちですが、コロナ禍を経て、人間以外の生命体がこの世界にどう立ち会っているのかということに興味が移ってきました。オフィーリアが水に溶けて消滅していく姿は、言語やロジックで世界を構築しようとする男性たちのカルチャーとは対極にある、もっと根源的な自然のありようです」

また、11人のオフィーリアが登場し、ベテラン男性俳優までもがその役を担うという大胆な配役については、次のように語った。

「若くて綺麗な女性が、物語の都合のいい道具として消費されるのを避けたいと考えました。あえて立場の上の男性俳優や、年齢の異なる俳優たちがオフィーリアを演じることで、性別や年齢という固定概念を揺さぶりたい。男性も一度、オフィーリアの身になって世界を見てみようよ、という試みでもあります」

SPACの「集団力」が引き出す演劇の可能性

両演出家が共通して称賛したのは、SPAC俳優たちの高い身体性と「集団力」である。鈴木メソッドなどの厳しいトレーニングに裏打ちされた集中力は、決まった動きを鮮烈に演じ直す力を俳優に与えている。

「SPACの俳優さんたちは、長年一緒に作り続けてきたからこその集団性が独特です。演出家が一方的に指示を出すのではなく、作品への疑問や問いから一緒に立ち上げ、対話をしながら作っていくことができる。その『問いのところから一緒に始める集団力』は非常に大きな特徴だと思います」(石神)

「トレーニングによる身体の敏感さや集中力が素晴らしい。今回の私の作品は、決められたことを精密に再現するのとは逆方向の、その場で生まれるコミュニケーションを重視する挑戦的な内容ですが、彼らならその新しい扉を開けられると感じています」(上田)

静岡から編み出される「新たな物語」

石神夏希という新たなディレクターを迎え、SPACは古典作品を現代の我々にとって切実な対話の場へと変容させようとしている。地域に根ざした中高生鑑賞事業を核に据えながら、既存の枠組みに抗い、自らの手で人生を編み直すための知恵と勇気を劇場から発信する。

2026年秋冬シーズンは、劇場の外側にいる人々をも物語の当事者へと巻き込み、静岡から新しい演劇の在り方を示す場になるだろう。

SPAC秋のシーズン2025-2026上演作品

SPAC『弱法師』

SPAC『弱法師』

SPAC『弱法師』©︎SPAC photo by Y.Inokuma

一般公演:10月4日(土)・5日(日)、10月18日(土)・19日(日)
作:三島由紀夫(「近代能楽集」より)
演出:石神夏希
会場:静岡芸術劇場
*2026年1月に沼津、2月に浜松へ巡回

SPAC『ハムレット』

SPAC『ハムレット』稽古場風景 ©︎SPAC photo by Y.Inokuma

一般公演:11月9日(日)、15日(土)、22日(土)、23日(日・祝)、29日(土)、12月6日(土)、7日(日)
作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:河合祥一郎(角川文庫『新訳 ハムレット 増補改訂版』)
潤色・演出:上田久美子
会場:静岡芸術劇場

SPAC『ガリレオ~ENDLESS TURN~』

SPAC『ガリレオ~ENDLESS TURN~』

一般公演:1月18日(日)、24日(土)、25日(日)、2月1日(日)、14日(土)、15日(日)、3月7日(土)
原作:ベルトルト・ブレヒト
台本・演出:多田淳之介
会場:静岡芸術劇場

タイトルとURLをコピーしました