劇作家、演出家の東憲司が率いる桟敷童子が、新作『蝉の詩』を上演する。

 小劇場の空間に大仕掛けの舞台装置を劇団員自らくみ上げ、時代の流れに取り残された社会の底辺で生きる人びとの群像劇を描き人気の桟敷童子。
 この春、上演する新作は、九州・福岡のかつて石炭運搬船が行きかった遠賀川流域の町が舞台。豪放で破天荒な父親と、確執を持つ三人の娘達を主人公として、昭和25年の朝鮮戦争特需から昭和39年の東京オリンピックまで、戦後の復興と高度成長という現代日本の礎となった激動時代を生きたある家族の愛憎を描くという。
 劇団の主宰者で作・演出も担当する東憲司に新作のことについて聞いた。

桟敷童子『蝉の詩』は、4月25日(火) ─ 5月7日(日)錦糸町・すみだパークスタジオ(倉)で上演。
『蝉の詩』の公演情報はこちら =>

■新作で蝉をモチーフにした理由
福岡出身の東は子供の頃から蝉に慣れ親しんで、これまでにも蝉を作品中に何度か使ったことがあるという。そして、ある民話で「蝉は人間の生まれ変わり」ということが書かれていることを知り、そのイメージで新作を作ることを決めた。


■赤ちゃんの顔をした蝉のイラストのビジュアル
今回の作品のビジュアルは、インタビューの背景に映っている「赤ちゃんの顔をした蝉」。インパクトの強いビジュアルは、前述の「蝉は人間の生まれ変わり」という民話から東が思いついて、イラストレーターに書いてもらったという。


■物語の時代設定について
2020年の東京オリンピックが近いことから、前回の東京オリンピックに至る昭和の人びとを描きたかったという東。現代の老婆が回想する物語として、現代と過去が行き来するような構成にチャレンジしてみたと語る。


■昭和の物語にこだわる訳
新作は現代の公園で半ばホームレス状態の老婆が、戦後の復興期から東京オリンピックまでの高度成長期に至る自らの半生を回想する形式で展開する。自らをアナログな人間と語る東。そのためかどうしても昭和以前にロマンを感じ、書く作品が明治から昭和にかけての時代背景のものになってしまうという。


■時代の流れを感じさせてくれる映画
これまでにも多くの作品で昭和について書いてきたため当時のことに関する資料の本が沢山あるという東。また、劇中の家族たちが映画を観るという場面が数回あるのは、東の生まれた福岡が、昭和30年当時日本で一番映画観客人口が多く、東自身、映画を観て育ったことが影響していると語る。


■客演してもらう俳優の選び方
新作の『蝉の詩』には父親役の佐藤誓をはじめ、中野英樹、井上カオリ(椿組)、みょんふぁ(洪明花)という4人の客演が参加している。東は、客演してもらう俳優について外部のプロデュース公演で仕事をしたことがあり、数年以上付き合いのある人を選んでいるという。客演する俳優たちそれぞれの魅力についても語ってもらった。


■舞台装置の見せ場は?
桟敷童子といえば、大がかりな舞台装置が魅力のひとつ。今回は舞台上に大きな緑地公園を作り、それが一瞬にして昭和の長屋に変わるという。劇団員自身で作るという舞台装置へのこだわりを聞いた。


■桟敷童子の人間ドラマを魅せたい
舞台装置がウリの桟敷童子だが、今回は客演陣も含めた俳優たちのアンサンブルの妙に期待して欲しいという東。いつに無く早く台本が仕上がったことで、稽古に専念出来たという理由もあるようだ。


芝居への想い、劇団への愛

また、今回は東個人の演劇との関わり、また劇団のことについても語ってもらった。

■昭和を書き続けるモチベーション
明治以降に近代化し、第二次大戦後の復興を経て高度成長を遂げた日本。その繁栄に取り残されたような人びとを、優しい視線で描きつつけることにこだわり続けている東。「ある時に吹っ切れて、自分に引き出しも才能もあまりないのは分かったから、劇団の公演は自分の好きなことを書き続けることに決めた」と語る。


■演劇との出会い
芝居好きな母親の影響で小さい頃に親子劇場などで芝居を見ていたものの、演劇は好きでなくて、むしろ映画が好きだったという東。シナリオライターを目指して上京し、寺山修司の映画を見てから演劇も見始めるようになり、清水邦夫の『タンゴ・冬の終わりに』と出会って、清水が主宰していた木冬社に入団。演劇の道を歩き始めた。


■清水邦夫作品の魅力
清水邦夫の「詩的な世界」に惹かれたという東。清水邦夫の主宰していた木冬社には2年半在籍して、1回だけ平幹二朗が客演した『夢去りて、オルフェ』(1988年紀伊國屋ホール)に出演したと振り返る。


■劇作を始めた理由
木冬社を辞めた東は新宿梁山泊を経て1999年に桟敷童子を旗揚げする。そのときに東は「一番やりたいことは舞台美術だ」と言って、外部の作家に書いてもらうことも考えたが、予算的に難しかったという。そのため「稚拙でも自分たちで作ろう」ということになり、旗揚げメンバーそれぞれでプロットを持ち寄り、東のものが採用された。今も公演で「作=サジキドウジ」となっているのは集団創作をした旗揚げ時の初心を忘れないようにという想いからだと東は明かす。


■舞台装置にかける情熱
桟敷童子の芝居の見どころである舞台装置。プランを立てて、設計図を作ったり、模型を作ったりするのは東だが、実際の建てこみ作業は劇団員全員でやるため、クレジットには「美術=塵芥(ちりあくた)」というネーミングを使っているという。


■すみだパークスタジオ倉について
レジデンスカンパニーとしてすみだパークスタジオを常打ち小屋にしている桟敷童子。東はいつも同じ劇場で公演することのメリットをあげつつ、体力と情熱があるうちにまた劇団旗揚げ当初にやっていたテントでの公演をやりたいと語る。



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取材:ステージウェブ編集部

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