昨年、作・演出した2本の新作が、読売文学賞戯曲・シナリオ賞(『太陽』)、読売演劇大賞で大賞・最優秀演出家賞(『太陽』『奇ッ怪 其ノ弍』)を受賞するなど、充実した仕事をしている演劇人、前川知大。昨年は代表作の『散歩する侵略者』の再演前に東日本大震災が発生、その後の創作にも大きな影響を受けたという。劇団内でもメンバーの入れ替わりなど変化があった1年だった。前川とイキウメにとっての2011年、そして今後の活動について聞いた。

■『太陽』創作のきっかけ

──『太陽』は前川さんが以前、他劇団に書き下ろした『双魚』という作品がベースになっているそうですね。
前川 元になった『双魚』という舞台が面白かった印象があって、そのときは僕は執筆だけで演出をしなかったので、イキウメで再演したいとずっと考えていたんです。それで実際にどうリメイクするか考えながら改めて台本を読み返したら、記憶にあったほど面白くなかった。つまり、あの作品を書いた3,4年前と今の自分では、面白いと興味をもつものが変わってしまったんです。自分が書いた話なのに、全然納得がいかない。これは大幅な書き直しが必要だなと思って、劇団員とスタッフを集めて全員で読んで色々と話し合いました。最終的には基本的な設定と登場人物何人かを残してほぼ全編書き直すことになりましたね。

──『太陽』ではバイオテロが原因となって、人類は年老いることはないけど太陽光に弱く夜間に生活をする種族ノクスと旧人類キュリオに分かれ、対立や差別が生まれて何年か経った後の長野県のある町を舞台に展開していきますが、これは元の作品『双魚』と同じですか?
前川 『双魚』では、最終的にその対立する二種類の人類の間に子どもが生まれて、その子どもが橋渡し役になって人間としての進化を遂げる、という話でした。色々対決はあるけども、ちゃんとまとまっていく、人類がひとつの生命体として進化するという話だったんです。対立は移行期間の一時的なもので、これからは集約されていくんだ、というすごく希望的なラストです。『双魚』での対立は人類が進化することでまとまった。『太陽』では前半のわずかな部分に対立の始まりをぎゅっと押し込み、その後長い年月の対立がどうなったのかという人間ドラマとして完全に書き直しました。

イキウメ「太陽」作・演出 前川知大 撮影 田中亜紀 左から 大窪人衛、浜田信也
イキウメ「太陽」作・演出 前川知大 撮影 田中亜紀  左から 大窪人衛、浜田信也

──新人類のノクスは太陽光に当たると死んでしまうけど、それを避ければほとんど年老いないという点で、『図書館的人生vol.3 食べもの連鎖』でも取り上げた吸血鬼のような存在です。前川さんはよく吸血鬼をモチーフに使われますが、吸血鬼という存在のどこに惹かれるのでしょう?
前川 単純に好きなんですね(笑)。昔のドラキュラ映画とか好きだし、多分人間以上の存在に憧れるところからきていると思います。他のモンスターと違って、吸血鬼は人間を襲った後に感染してしまうところと、感染した後は不老不死に近い体を手に入れられる。デメリットはあるんだけど人間以上の存在になってしまうことで、吸血鬼になりたいやつが出てくることもあるだろうし。どの吸血鬼映画でもそうだけど、なったらなったでものすごく苦しむじゃないですか。何かが足りない欠落感みたいなところで悩まされているところもすごい魅力的だし、他のモンスターと違うところがあります。

──『太陽』のラストシーンは、ノクスで医師の金田という男が「ノクスは病気だ」と言って、自ら朝陽を待ち受ける。つまり死を選ぶという場面で終わりますが、あのシーンに前川さんが込めた思いは?
前川 ホラーものでアンデッドっていうジャンルがありますよね。はたから見たらノクスって、アンデッドなんです。なぜ死なないか、なぜ年老いないかっていうと、もう彼らは死んでいるから。

 吸血鬼って基本的にそういうもので、『図書館的人生vol.3 食べもの連鎖』で書いた不老不死の話でも、血を飲み始めたら他の食べ物が食べられなくなる、という設定でした。そもそも生命っていうのは太陽光が源ですよね。植物が光合成によって太陽エネルギーを炭水化物に変えたものが米とか穀物です。それを食べている動物がいて、それをさらに人間が食べている。人間が生きていくうえで絶対に必要な食べ物って、太陽の変化したものって言える。だから吸血鬼という存在は人が生きることに反した条件がいっぱい付いている。ノクスっていう存在は、人が生きるということにそもそも反しているんです。そのことに金田という男は薄々気がついていたんです。ただ金田があそこで死ぬという決断をしているのは、本気かどうか分からない。でも何かしらの罰みたいなものを受け入れようとしている。太陽を捨ててしまったことに後悔の念を背負っていたので、あんな行動を取ったと思うんです。

 人間は生き物としても、自らが作り出す社会も、色んな問題があるけれど、物語の中のノクスは、そういった問題を一挙に解決している存在です。太陽が見られないという身体的なデメリットはあるものの、ある程度克服し、社会の矛盾も理性的に解決することで、非常にクリアなコミュニティを作っている。ある種人類が抱えている問題を一気に解決した存在として描かれているけど、稽古場でみんなと話していて、ノクスになりたいと憧れる感じって、悩み事を一挙に解決してくれるものにひかれる感覚と似ているんじゃないかと。僕が身近なところで思うのは英会話とダイエットですけど、両方ともどれだけ楽に手に入るかっていうのをアピールしていて、みんなそれに乗って英会話の本やいろんなダイエット法に挑戦しては失敗する。本当は苦労と時間をかけないと基本的には手に入らないものなんだけど、僕たちってそれを「簡単に手に入りますよ」っていう甘い言葉に弱いじゃないですか。そういうものとしてノクスは設定されていて、金田も飛びついた後に、客観的になるとこの方法は間違っていたと気づくわけです。10年間一生懸命いくつものダイエット法を試したけど結局痩せていないとか、人体改造に走ってものすごい膨大なお金をかけて体をいじくってしまう、みたいな。それよりはちゃんとした食生活で運動すればいい、という当たり前なことに気づいてしまう徒労感が金田を襲ったんじゃないかと思います。

イキウメ「太陽」作・演出 前川知大 撮影 田中亜紀  左から 安井順平、加茂杏子、伊勢佳世
イキウメ「太陽」作・演出 前川知大 撮影 田中亜紀  左から安井順平、加茂杏子、伊勢佳世

──そういう形で終わるように物語を変えたのは、前川さんが今回の上演に至るまでの時間の中でどこが変わったんでしょう?
前川 それはちょっと分からないですね(笑)。ただ、『双魚』の台本を改めて読んだ時にはそんな簡単じゃないはずだっていう思いがあって、ものすごく楽観的に思えてしまうところがあった。不老不死や完全なユートピアは存在しないからこそユートピアで、それを追い続けることに人類の歴史や物語があるから、それを完成してしまったとしたら、その後の話は多分ディストピアものになると思うんです。『双魚』はその部分をものすごく脳天気に書いていて、今読むとそうはいかないだろうと思うけど、でもユートピアだったり、何かを乗り越えようとする話にはドラマが生まれてくるはずだと思ったので、もう一度物語の設定が登場人物に科す条件から、それぞれがどう行動するだろうかということを考え直していってあんな形になったんです。

──物語の中では特に言われていませんが、観客としては旧人類のキュリオが住んでいる町が長い間封鎖されて寂れてしまったという設定は、福島原発事故を連想します。その辺は意識されましたか?
前川 全くしてないですね、むしろなるべくそう見えなければいいな、という感じでやってました。観劇後のアンケートを読むと、かなりそういう風に思っていたお客さんもいたようで、それはそれでいいんですけど、僕としては全く結びつけて考えてなかったですね。

 もちろん、ここはこんな風に見られるだろうなと分かるところはあったから、福島のことを言っているように見える部分は逆に表現を変えたりしました。観終わったあとにそう考えてもらうのはいいけど、観ている最中はなるべく作品の世界観の中で観てほしいので、あまり現実とつながらないようにしてましたね。

前川知大
© ステージウェブ編集部

■最後まで悩みつつ書き上げた『奇ッ怪 其ノ弐』

──『奇ッ怪 其ノ弐』は、前作とは変わって、世田谷パブリックシアターの現代能楽集シリーズとして初めてまったくのオリジナル作になりましたが、これはシリーズの生みの親である野村萬斎さんからの提案だったのでしょうか?
前川 「大きな鎮魂というテーマと複式夢幻能の形で語るけど、その中の具体的な物語は能の作品から持ってこない。ただその形式が能の様式になっている、という形で現代能楽集ができないですか」と話したら、そのアプローチはいいね、と言ってもらって、能の物語の翻案ではなく、能の形式と能のテーマに寄せて作るということになりました。

──その方が前川さんとしては面白いものが書けると考えたのでしょうか?
前川 最初の『奇ッ怪』の1が複式夢幻能の形になっていたことには全然自覚的じゃなかったんですが、でもそのやり方は僕が好んで使っていた形式だったので、だったらそれをもっと意識的にやるとどうなるのか興味がありました。それと今までの現代能楽集シリーズでは能の物語を現代に翻案したものが多くて、そうするとどの物語を現代に置き換えるか、どれだけ気の利いた置き換え方をするかという問題なってしまう。それはあまり興味がわかなかったので、原案をもってくる必要はないと思いました。むしろいろんな能を見て、表現の手法に面白い部分があったので、そちらに興味がありましたね。

──あの作品は当然震災前から準備稿を書き進めていたと思うのですが、震災後に大きく書き換えたんですか?
前川 作りそのものは決まっていましたが、どういったシーンをやっていくかというのは最後まで決まらなくて、稽古しながら俳優やスタッフの意見を聞きながら書いていきました。最後のシーンもあそこで終わるっていうのはなかなか決まらなかったので、何度も書き換えましたね。

──なかなか決められなかったというのはどうしてなんでしょうか?
前川 うーん……。自分が死んだことを死者が理解して喋るか、理解してない方がいいのかっていうところで悩んでいて、実は最初かなり喜劇っぽく書いていたんです。死者が出てきて周りの人から「ところでお前死んでるんだよね?」「いや、そうなんだけどさ」みたいな会話にして、落語みたいな話にしようと考えていて。でも去年の夏にこういう芝居を書いて、夢幻能の様式を使って鎮魂するものって震災の犠牲者だと考えたら、さすがにそれは出来なかった。原発事故がリアルタイムで進行していて、まだ見つかっていない人もいるときに、それを過去のことのように「いやー、大変だったよ」とは言えないところがあって。だったらあの場所にいて死んでいない存在で、最後の話を語るのは神社の神様以外にはないんじゃないか。それを決めたのが相当ギリギリだったんです。

 風習として伝わる供養を続けることで亡くなった人たちを忘れないとか、毎年思い出すことで徐々に死という怖い存在から少しづつ怖くないものに変わっていく、そういう供養する姿を見せようと。一番最後には踊りがついていますが、踊りになるかな、という一歩手前で終わらせました。ここも最初はそこで死者とのコミュニケーションが成立した、というところまで見せようと考えていたんです。震災で亡くなった人がいて、僕らは生きていて、彼らの声を僕らは聞かなきゃいけないし、語り継ぐ義務があるよ、っていうところまで見せるつもりだったんだけど、色々考えると蛇足な感じがして、それもやめたんです。どこまで語るか、語らないかっていうことを『奇ッ怪』では最後まで悩んで変えていきましたね。

■震災とイメージが直結した『散歩する侵略者』

──さらに遡って、昨年は震災1か月後に『散歩する侵略者』の再演がありました。これはかなり震災に合わせて変えたんでしょうか?
前川 今振り返ると、震災直後はいつもと違う精神状態になっていたと思うんです。あの頃は演劇だけじゃなくて、いろんな表現に携わっている人が皆、なぜ今これを表現しなきゃいけないのかということを考えざるを得なかった。『散歩する侵略者』は劇団公演だったから、劇団員みんなと考えましたね。

 作品とあのときの状況でつながっているなと思ったのは、ジャーナリストの桜井という人物が、一人だけ「宇宙人が侵略しに来るぞ、このままだとやばいぞ」と叫ぶんだけど、周りの人びとはそんなことないといって、彼はピエロ扱いされてしまう場面。地震や原発事故はいったん起きてしまうと制御不能になってしまうのに、制御可能なものという前提で大丈夫といっていたことで事故が起きたわけだから、結局のところ想定外というのは最悪の事態を予想できていなかったということですよね。劇中で「宇宙人が来ているぞ」と最悪の事態を叫んだやつがみんなからピエロ扱いされるというのは、その原発の危機に対してどう対応するのかということともつながってくる感覚があったんです。原発について「このままじゃやばいですよ」って言い続けた人は沢山いたわけで、非常用電源がなくなったらどうするんですかということは既に言われていたんだけども、「大丈夫、そんなことは起こらないです」っていうことですごく大事なアラートを見逃していた。そういうところで『散歩する侵略者』を上演したときはお客さんが「ああ、この台詞は原発のことを言ってるんだ」と結びつけても、それを避けようとはしなかったですね。『太陽』と違って元々そういう物語だったのが、たまたま原発のことに聞こえてしまうので、だったら今はそう聞こえてもいいんじゃないか。ぼうっとしていた我々にも責任があるんだよ、という話に3.11以降は聞こえてしまう。そういうところがすごいつながっているというのはありましたね。

──そこには、柏崎市という原発のある町に生まれ育った自分自身への自戒というのもありますか?
前川 あると思いますね。僕も柏崎に生まれ育ったのに、原発についてあまりにも知らなかったことにびっくりしたし。昔、小学生のころに原発反対デモがあったことは覚えているので、そのときにアラートは鳴っていたわけです。そのときに「原発ハンターイ」という声を聞いて、「誰?」とか思いながら、僕は学校の図書館で「はだしのゲン」を読みまくっていたんです(笑)。「はだしのゲン」が凄く好きで、強烈に原爆の恐怖に引き込まれていたんです。そのすぐ横で原発反対運動をやっていたことを思い出すと、どうしてそこがつながらなかったんだろうと、自分自身にがっかりしますね。

■イキウメ所属俳優の入れ替わり

──劇団のことで2011年を振り返ると、劇団員の窪田さんが事件を起こして逮捕されました。最初に聞いたときにはどう思いましたか?
前川 冗談だと思いましたよ、普通に。何かの間違いだと思いましたね。どうして逮捕されたのかもさっぱり分からなかったし。

──最終的に窪田さんは不起訴となり、本人から退団したいと申し入れがあって、劇団員で話し合って受け入れたということですが。
前川 感情的にはやっぱり一緒にやってきた仲間なんで、これからも一緒にやれたらいいねと言う人もいました。劇団は会社のように雇っているものではないから、「じゃあお前クビね」ということでもないと考えて、みんなと話し合ったうえで、これからどうしていくつもりか本人とも話し合って、最終的に窪田がそういう決断をしたということですね。

──昔の劇団というと”同じ釜の飯を食う”イメージがありましたが、90年代以降はプロデュース公演が主流になってきて、その中での劇団というのも昔とは違うと思うんですが、俳優と前川さんの関係は普段はあまり付き合いはないんですか?
前川 一緒につるんで遊ぼうぜ、みたいなものはないですよ。でも、公演がない時もミーティングをやります。ただ公演の時だけ集まって芝居しようというだけではありません。そこは同じ釜の飯を食っている感覚はあります。だから窪田の件では凄くみんな悩んだし。今年で劇団結成10年目なんですけど、その中では入ってきたやつ、辞めていったやつがいて、それなりに劇団史的なものがあって、この時期はうまくいったけど、ここでダメだった、みたいな浮き沈みもある。そういう経験を劇団員みんなで共有してきたし、窪田もそこをちゃんと担っていたんです。単に年2回集まって芝居しましょうっていうことではないですね。どうしたらもっとお客さんを呼べるか、どうしたらもっと個々の俳優が魅力的になるか、面白さを出せるかとか、一人で考えているよりも劇団で考えるとディスカッションして出来ることがあるじゃないですか。だから制作的な視点や、演出家の俺の言うことや、俳優同士の考えていることなどを基本的に全員で共有しようといってます。

──一方で年末にこれまでレギュラーに近い形で客演していた安井順平さんが劇団員になりました。
前川 安井さんは5年前からほぼレギュラーで出ていて、彼自身、客演という意識じゃなく劇団員に近い形で参加しているんです。彼は「自分は芸人だ」というアイデンティティがすごい強い人で、「俺はイキウメだから芝居をやるんだ」みたいな意識が凄く強いんです。最近は舞台など役者の仕事がいろいろ来るそうですが、あくまで演劇のホームはイキウメだと思ってくれている。今回、窪田の事件があって、劇団的にちょっと疲弊したときに、そこを盛り上げようと「俺、ちょっとやりますよ」みたいな感じで正式な劇団員になったんです。「何か、お役に立てることはありませんか」と(笑)。劇団の調子がいいときに言ってくるんじゃなくて、困っているときに言ってきてくれたのがみんなの心に響きましたね。

前川知大© ステージウェブ編集部

■次回は演出に小川絵梨子を迎える新作

──次回作は演出に小川絵梨子さんがあたるということですが、これはどういう経緯で?
前川 2010年にロンドンのロイヤルコート劇場で劇作のワークショップに参加して、演出家と組んで本を作っていくのも面白いなと考えたんです。作家として行った僕が、演出家とスクリプトアドバイザーとチームを組んで、俳優たちとも一緒に戯曲を考えていくというワークショップだったから、同じことを日本でもできないかなと。ちょうど帰国してすぐに観た『今は亡きヘンリーモス』という芝居が面白くて、演出の小川絵梨子さんを紹介してもらったら、彼女もアメリカから帰国して活動を始めたばかりだった。すごくタイミングがいいと思って、こういうこと思ってるんだと話して、どこかで一緒にやりましょう、と去年から話し合いを始めたんです。それからお互いの作品を見て色々話していたんですが、プロデュース公演でやるとしても、どういう座組でどこから手を付ければいいのかも分からなくて、だったら劇団に呼んじゃうのも面白いかなと思って話したら、やりますよと(笑)。

──作品としては全くの新作?
前川 そう、まったくの新作で、準備稿の段階から小川さんと俳優たちに加わってもらって、一緒に作っていきます。5月公演で4月上旬から本稽古なんですけど、1月くらいから俳優たちに集まってもらって、何もない状態から一緒に立ち上げていきます。

──小川さんの演出はかなりユニークと聞きますが?
前川 劇団の俳優をまるまるプロデュース公演に投入するような面白さがありますよね。

──逆に前川さん自身は演出だけの仕事をしたくはないですか?
前川 今のところはあまり思わないですね。2012年は秋の劇団公演までは演出することがないので、本を書くことだけに一年近く専念します。それが終わった頃には演出だけしたいと思うかもしれませんが。今は自分の意識が作家の方に向いていますね。

──作家として今後取り組みたいモチーフは?
前川 今の自分自身の変化もあるし世の中の変化もありますが、書くことがストレートになってきたところがあって、メッセージ色がはっきりした作品が続きました。メッセージ色があまり強すぎると説教くさくなるんですが、はっきりしたメッセージをどうやってお客さんに伝えていくかということには、昔よりも正面切ってやっていて、そういう姿勢がちょっと変わってきたなというのがありますね。

 次回作でも、小川さんの演出にどういうものをぶつけたいのかと考えたら、例えば、無茶苦茶、感情的で熱い芝居とかぶつけたら面白いんじゃないかな、と思っています。劇作家って、これが言いたいんだっていうことを稽古場にもっていったときって恥ずかしいし、それを演出家も兼ねて形にしているときには、ちょっと斜に構えてしまうところがあるのではないか、と思うんです。人の作品を見ていても、「ああ、ここは茶化さないでもっとちゃんと言ったら伝わるのに」と思うこともあるし。自分で演出するときには、作家の自分が書いた熱いものも、演出家の自分が茶化しちゃうところがある。それを小川さんがどう正面から受けとめるか、どう小川さんなりのユーモアで受けとめるのか、楽しみです。自分が演出をしないから書けるストレートな言葉も渡せると思うし。そういったところを意識して書いてみようかなと思っています。

(2011年12月20日取材)


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取材:ステージウェブ編集部

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