永井愛が理事を辞任する事態に井上ひさしら演劇人が「新国立劇場の自省と再生を願う演劇人の声明」 を発表

 昨年7月に起きた新国立劇場の次期芸術監督の選出方法をめぐる問題は、いまも明確な解決を見ぬままくすぶりつづけているようだ。井上ひさしをはじめとする演劇人有志と演劇関係団体は、昨年2度にわたって声明を発表し、選出過程の説明などを求めてきたが、その後の新国立劇場運営財団の対応と諸状況の変化を踏まえて、19日新たに「新国立劇場の自省と再生を願う演劇人の声明」を発表した。
 また一連の選考過程についてこれまで運営財団理事会でのやりとりを公表して来た永井愛が19日付で理事を辞任する旨、理事長あてに辞表を送ったこと明らかにされた。


 声明は、井上ひさし、大笹吉雄、木村光一、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、鴻上尚史、坂手洋二、島次郎、扇田昭彦、永井愛、西堂行人、蜷川幸雄、別役実、マキノノゾミ、松岡和子、松本修、横内謙介、流山児祥、渡辺えり、日本劇作家協会、国際演劇評論家協会日本センターの連名となっている。
 19日の記者会見には、永井愛、劇作家協会会長の坂手洋二、劇作家の井上ひさし、日本演出者協会副理事長の流山児祥、翻訳家で新国立劇場評議委員の松岡和子が出席。声明では、昨年7月から次期芸術監督の選考過程について疑問を投げかけてきたが、新国立劇場運営財団側は明確な回答をしないまま、今年5月7日付けで財団ウェブサイトに「平成20年度第3回理事会における決定」として「昨年5月の選考委員会は自由な論議の下に適正なプロセスで行われ、今後選考については理事会で再議しないことが確認された」と発表し問題の幕引きを図ろうとしている、と抗議するとともに、次期芸術監督選定手続きにおいて事実をねじ曲げ、情報操作したことおよびその後現在に至るまでの対応について釈明と謝罪をするよう求めている。 
 なお今回の声明には、昨年2度の声明に参加したメンバーに、ケラリーノ・サンドロヴイッチ、鴻上尚史、篠原久美子、永井愛、マキノノゾミ、松本修、横内議介、流山児祥、渡辺えりが加わり、小田島雄志が抜けている。小田島は3月の新国立劇場理事会に出席し、会議の終了時に口頭で辞意を伝え、この問題には高齢であることを理由に一線を画すことにしたという。
以下が19日に発表された声明文の全文。

新国立劇場の自省と再生を願う演劇人の声明
 新国立劇場の演劇部門次期芸術監督の選考について、私たちは二度にわたって(2008年7月14日、7月22日)声明を発表し、その選定プロセスに疑問を投げかけてきました。新国立劇場運営財団は、守秘義務を理由に明確な回答を避けてきましたが、本年5月7日付で財団ウエブサイトに発表された「平成20年度第3回理事会における決定」という告知は、この問題を暖昧にしたまま幕引きをはかろうとする財団の姿勢を示すものとして見過ごすことはできません。
 告知によれば、今年3月24日に開かれた第3回理事会では、次期芸術監督の選考委員(演劇部門)でもある理事から「昨年5月の選考委員会は自由な議論の下に適正なプロセスで行われ、最終的に満場一致で次期芸術監督予定者を選出した」との報告がなされ、「同選考に関しては、今後理事会で再議しないことが圧倒的多数で確認されました」とのことですが、これは「鵜山仁現芸術監督に続投の意志がない」という事実に反する情報を執行部から提示された上での選考だったと複数の選考委員が証言したことに対しての反証とはなり得ていません。また、この理事会直後に小田島雄志理事が辞任を表明し、続いて永井愛理事が辞任届を送付したという異例の事態は、2人の演劇関係理事の執行部・理事会への深い不信と失望を表すものだと考えます。
 芸術監督をどのような議論のもとに選ぶのかということは、新国立劇場がどのような未来を目指すのかという選択とも重なるはずです。「理事長・執行部の望む人を選ばせるために情報操作をしていいのか」「現芸術監督再任の可否について、芸術面での評価が示されず、『コミュニケーションがとりにくい』ことが理由とされていいのか」等々、私たちが声明や記者会見で投げかけた疑問は、「理事長・執行部の窓意的な運営を是とするのか」、それとも「芸術家を尊重し、開かれた議論の展開される劇場を是とするのか」という問いかけでもありました。
 これに対して、理事長・執行部から未だに具体的な説明や反論がなされない以上、私たちは、理事長と執行部が、説明もできず、反論もできないのだと結論づけざるを得ません。それを黙認する理事会も著しく自己検証能力に欠けることは明らかであり、このような執行部・理事会に新国立劇場の未来を託すことに、私たちは大きな不安を感じます。
 財団の5月7日付告知は「参考」として、ある理事の意見を引用しています。「演劇は公のお金で支援されるものですが、それを得る努力は演劇人の側がしなければならない」「芸術監督は進んで官僚を味方につけるべき」というその主旨は、2001年に公布・施行された「文化芸術振興基本法」の理念に逆行するものではないでしょうか。
 「文化芸術振興基本法」は、文化芸術が人間に多くの恵沢をもたらすものとして、その振興に基本理念を定め、文化芸術活動を行う者の自主性、創造性が十分に尊重され、その地位の向上がはかられ、その能力が十分に発揮されるように考慮されなければならない」と総則に明記しています。新国立劇場の発足時にまだ同法は制定されていませんでしたが、公益財団法人への移行を予定する新国立劇場運営財団は、それに伴う定款、内部規程の見直しを迫られています。この機会に、財団は同法の理念を定款、内部規程に反映させ、また、より透明性の高い組織として運営の改善をはかるべきです。
 特に、新国立劇場の根幹を成す芸術監督制度には、さらに検討が加えられるべきでしょう。その任期、その権限、その選考方法などについて、財団は芸術家、識者と広く意見交換を行い、共に考察を深めるべき時を迎えているのではないでしょうか。
 私たちは、新国立劇場運営財団が、次期芸術監督予定者選定にあたって事実をねじ曲げ、情報操作したことと、今回のような事態を招いたその後の対応を、許すことはできません。あらためて、新国立劇場運営財団に対して、釈明と謝罪を要求します。
 新国立劇場が自省、再生できる組織であることを私たちは切に願っています。

2009年6月19日

賛同連名(6月18日現在)
井上ひさし 大笹吉雄 木村光一 ケラリーノ・サンドロヴイッチ 鴻上尚史
坂手洋二 篠原久美子 島次郎 扇田昭彦 永井愛
西堂行人 蜷川幸雄 ペーター・ゲスナー 別役実 マキノノゾミ
松岡和子 松本修 横内議介 流山児祥 渡辺えり
日本劇作家協会 日本演出者協会 国際演劇評論家協会日本センター

また、新国立劇場運営財団の理事としてこれまで一連の運営財団理事会でのやりとりを内部告発してきた劇作家の永井愛が、今年3月に行われた平成20年度第3回理事会の様子を報告するとともに、同日付で理事を辞任する旨、辞表を新国立劇場運営財団の遠山敦子理事長宛に郵送したことを発表した。以下は、当日配布された永井愛の理事辞任に関する表明文の全文。

2009年6月19日 永井愛
理事辞任について
私は本日付で、新国立劇場運営財団遠山敦子理事長宛に理事の辞任届を送付しました。以下は、その辞任理由です。
演劇部門次期芸術監督予定者選考問題について、私は理事会で意見を申し上げてきました。多くの演劇関係者からも同様の指摘が出されたことは理事長もご承知の通りです。しかしながら今日に至るまで、理事長・執行部から真蟄な対応は得られませんでした。また、平成20年度第3回理事会においては、本件についての私の発言に、理事長からあらかじめ条件をつけられ、制限されるなど、自由な言論の機会を奪われました。理事長・執行部の意向に反する意見の発言者がこのように不当な扱いを受け、多くの理事がそれを黙認するような理事会においては、新国立劇場のよりよい在り方についての討議を重ねることはできません。よって、理事としての職務を全うできないと判断しました。
平成20年度第3回理事会(09年3月24日)について
この理事会で、私は「今後、公益法人に移行すると、ますます情報公開が求められる。特に、芸術監督の選考は、劇場のあり方を決定する非常に重要な事項だ。次期芸術監督選考への疑問に対し、理事長・執行部からはまだはっきりした説明を受けていないが、こういうことがこのままでいいとは思えない」と発言し、「鵜山氏本人に続投の意思がないと確認した」という事実に反する情報を執行部が提示した上で選考委員会が開かれたこと。また、制作が、次期芸術監督予定者未定の時期に、もう次期監督下での演目に着手していたことなどは問題だと述べました。
これに関連して、次期芸術監督予定者の選考委員でもあったある理事(以下A理事)から発言がありました。財団ホームベージ上の告知(「平成20年度第3回理事会における決定」)には、A理事の「選考委員会は自由な議論の下に適正なプロセスで行われた」、という発言が掲載されていますが、この理事会では、A理事による以下(1)(2)の発言もありました。(1)(2)の発言は、選考委壽員会が公正であったかどうかという、これまでの議論の根底を覆し、財団の次期芸術監督予定者選考委員会規程にも反する見解だと思います。
このような見解の下には、理事長・執行部がどのような虚偽の情報を流し、どのように強引な主導権を発揮しても「適正なプロセスだった」と判断することが可能でしょう。
(1)「鵜山に続投の意思なし」という執行部の情報は(情報操作ではなく)、「私たち(理事長・執行部)は鵜山続投を望まない」という意味の碗曲話法だ。選考委員である私が、その印象を基に結論を出すのは当然のことである。
(2)そもそも、現芸術監督を再任するかどうかの決定権は財団執行部にある。再任するかどうかを執行部が決めた後で、選考委員会は諮問をされるものである。そこで、どういう意見を採用するかは理事長の専掌事項である。

 なお19日に芸能化伝舎で行われた記者会見の詳細についてはのちほど掲載する予定。

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