注目の劇団チョコレートケーキの演出家、日澤雄介が挑む大竹野正典の『密会』

インタビュー

今、演劇界で注目を集めている存在といえば劇団チョコレートケーキだろう。ともに俳優でもある作家・古川健と演出家・日澤雄介が作る舞台は、歴史の転換点となった事件を描くことで、今、大きな曲がり角に立つ日本をどうすべきなのか、観客に考えさせる。そんな硬派な社会派作品を手掛ける日澤が、関西で高い評価を受けながら惜しくも数年前に急逝した劇作家、大竹野正典の『密会』を演出するという。初日2週間前の稽古場に日澤を訪ねた。

取材:ステージウェブ編集部 柾木博行

オフィスコットーネ・プロデュース公演『密会』は8/14(木)〜18(月)下北沢ザ・スズナリで上演。
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■社会派劇団の気鋭演出家が読み解く大竹野作品の魅力

 

注目の劇団チョコレートケーキの演出家、日澤雄介が挑む大竹野正典の『密会』1

──大竹野さんのことは知っていましたか?
実は自分は小説にしても戯曲にしても、あまり本を読むということをしないんです。それで大竹野さんのことも今回、綿貫プロデューサーから企画を相談されて初めて知りました。作品については大竹野さんの戯曲集を読ませていただいて、その中から僕の方で選ばせてもらいました。

──数多くの大竹野作品のなかから『密会』を選んだ理由は?
大竹野さんの作品の多くは、実際に起きた事件をモチーフに描かれているんですが、この作品は他の作品と違って、一つの事件だけでなく、それが起きた時代の状況というのが見えている感じがするんです。もともとは安部公房の小説「密会」を下敷きに、その上に通り魔殺人事件をかぶせるような形で大竹野さんが作った作品です(当時大竹野が主宰していた劇団犬の事務所の公演として1993年に上演)。その後、再演(2004年にくじら企画の公演としてウイングフィールドで上演)したものは、小説の要素はほぼ消えた形になっていますが、それでも、安部作品の残り香がところどころに感じられるような台本になっていますね。

── 一見、別役さんの芝居のようにも読めるので、やりようによってはかなり喜劇っぽくも作れそうですが?
そうですね、前半にはそういう不条理っぽいところもありますが、ただそういう不条理なところを打ち出すと、登場人物から人間性が消えてしまうんです。それでは面白くないので、あくまでそれぞれのキャラクターが見えるように作っていきたいと思います。

──チョコレートケーキでは、かなり社会情勢と密接な形のある種の事件が描かれますが、今回の作品は表面的にはそういうものは見えませんが、そこはどう仕上げますか?
この作品では昭和50年に起きた深川通り魔殺人事件を扱っていて、当時流行語にもなった「電波にひっつかれる」ということを言い残した犯人、川俣軍司のことを描いています。川俣は覚せい剤で幻聴を起こしていたわけですが、当時は高度成長の余波でまだそういうことが身近なところにあったんですね。もちろん、それを今の時代と無理やりつなげるのは難しいと思います。例えば劇中の台詞で「電話」というのがよく出てくるんですが、多分、今、この作品を書こうとしたら、電話じゃないと思うんですよね。そういうツールが、今ならインターネットやLINEやフェイスブック、ツイッター、色々あると思います。台詞に出て来る「電話」というものが、あの作品世界の中で、いわゆる物体としての電話器なのか、ということなんですね。記号としての電話というよりも、つながりとして自分と誰かをつなげる為の、コミュニケーションの為の道具という意味での「電話」ですね。だからそれは言葉であってもいいし、手紙であってもいい、と考えています。じゃあ、こういったツールで人間が繋がっているこの社会というものは何なんだろうか? 「人間は一人じゃない生きていけない」とよくいいますが、果たして皆一人じゃないと言えるのか? そういった問いはいつも自分の中にもちながらお芝居を作っています。その辺が作品の中に流れれば、面白くなるんじゃないかと。

──もう本番まで二週間ですが、もう頂上まで8号目くらいまで来た感じですか?
いやいやいや(笑)。まあ、大体いつもこの時期ってヒリヒリした感じになるんですけど、今回もすごくヒリヒリしてます。正念場に来てますね。形としては出来上がっているんですけども、今の演出方法をちょっと変えようか、それとも壊してもう一回作りあげようか、と悩んでいるところです(笑)。

 

■様々な魅力あふれる表情を見せる唐組の稲荷さん

注目の劇団チョコレートケーキの演出家、日澤雄介が挑む大竹野正典の『密会』2

──今回、主演は唐組の稲荷卓央さんですね。
僕よりも年齢もキャリアも上ですが、僕がこれまで演出した俳優さんたちの中で、こんなにまっすぐな人はいないっていうくらい、まっすぐな人ですね。もちろん演技のスタイルなどは唐組で学んだことが色濃く出ているんですが、もし使えないとなったら捨てられる人、という感じです。自分の今までやってきたキャリアや学んできたことに一切捕らわれないって言うのはすごいなあと。すごく貪欲ですね。「もっとないすかねぇ、なんかないすかねぇ……」ということをいつも言っていて、そこまで作品に向き合ってくれるのは凄くありがたい。やっていてすごい充実してます。

──稲荷さんにそこまで求められると、演出家としても大変ですね。
いやぁ……、大変ですね(笑)。稲荷さんに演じてもらう主人公の男はある種、目は惹かなければいけないんですが、華といったものを排除するところがあるんですね。もともと、稲荷さん自身はすごく華のある方なので、彼が主役の芝居になってしまうところがちょっとあって、そこは僕が「そんなに作らなくてもいいです」と抑えるのですが、それでもにじみ出てくるものがあるので、その部分との戦いですね。

──観ていて演出家としても面白いのでついついそっちに引っぱられそうになりませんか?
本当に稲荷さんは色んな表情を見せてくれるんですよ。「あ、すごいかっこいいな」と思うときもあれば、「怖いな」とか、「可愛いなあ」と思うときもあるので、色んな表情が出てきたときに迷いますね。これも残したいけど……これを残したらこのシーンちょっと変な方向に行っちゃうな、というのはありますね。そういうのをうまく、泣けるときに笑ったりとか、怒るときに笑ったりとか。そういういい要素で使えるようになればいいですね。大変ですけど(笑)。

 

■俳優は発信器ではなくて受信器になって欲しい

注目の劇団チョコレートケーキの演出家、日澤雄介が挑む大竹野正典の『密会』3

──稲荷さん以外にも年齢も含めて非常にバラエティに富んだ、色んな俳優陣が参加してますね。
本当にスタイリッシュに演じる人もいれば、かなりゴツゴツとしたお芝居をする人もいますね。藤井びんさんはこの手の話はむかーしからやってらして、僕よりも演出できちゃうところがあるので、ときどきアドバイスをいただいているんです(笑)。僕の中ではこの作品に限らず演技テイストというのは揃える必要がないと思っています。色んな人がいるから色んな色が出る。気をつけるのはそれが喧嘩しないようにするだけですね。正面切って台詞をいうような芝居は絶対やめてくれということもなくて、それが演技の質を揃えるためであれば、揃えますけど、僕の好きな演技スタイルはこれだからって指示することはないですね。

──逆に俳優にここだけは守ってもらいたいとか、外さないようにして欲しいという演出家としてのポリシーはありますか?
うーん。やっぱり発信器ではなくて受信器になって欲しいというのはありますね。俳優さんは表現する仕事なので、もちろん表現はしなければいけないですけど、でも表現の前に先ずは受信──周りの状況であったり、言葉であったりとかいった刺激をちゃんと受信してから発信してくれっていうのは一貫していますね。そこさえできれば、会話でも何でもできると僕は思うので、そこだけは守って欲しい。いい俳優さんはそれをしていますから。アクションよりリアクションを大切にしたいし、芝居がうまくいかない場合はそこを修正することが多いですね。

 

■奇をてらわず戯曲のいいたいことをストレートに引き出す

注目の劇団チョコレートケーキの演出家、日澤雄介が挑む大竹野正典の『密会』4

──プロフィールを拝見すると2000年に劇団を立ち上げとありますが、それ以前の演劇を始めるようになったきっかけは?
大学に入って劇研に入ってからですね。それまでは、中学では学芸会で舞台に出たりはしましたが、それ以外には芝居はやることはもちろん、観ることもなかったですし、高校は男子校でスポーツをやっていて、駒沢大学に入ってから演劇を知ったという感じですね。当時は先輩の書いた芝居をやることが多かったんですが、たまには横内謙介さんの『ジプシー』とか、高橋いさおさんの作品もやりました。演技スタイルとしては、先輩達はとにかく声を張れっていう感じだったので、今やっている芝居とは大分違いますね(笑)。

──それで演出をするようになったのは?
劇研のメンバーたちで劇団チョコレートケーキを旗揚げしたのですが、ずっと作・演出をやっていた者が数年前に退団したんです。それで一度、演出=劇団チョコレートケーキという形で、劇団員皆で演出をやってみたんですが、舞台に立ちながら演出しようとすると、はっきりした意識で指示が出せないとか、作品や劇団の今後についても方向性を示せないという問題が出てきて、それで自分が演出をやることにしたんです。もちろん、それは座長として責任を感じたこともありますが、それまでに色んな舞台をやってきて、自分ならここはこうする、こうやってみた方がいいとか考えることがあったので、そういう下地があったからこそ引き受けたということもあるんですが。古川はずっと高校時代から演劇をやってきて、その当時から自分のオリジナル作品を書いていたので、彼の場合はまったくのゼロからのスタートではなかったですね。

──演出家として、劇団を離れて仕事をするのは何度目ですか?
実は単独の演出家として外部演出をするのは今回が初めてです。チョコレートケーキの企画公演として、古川以外のスタンダードな既成作品をやるということは2,3本ありましたが、純粋な外部公演はこれが初めてです。毎日がプレッシャーとの戦いですね(笑)。

──演劇関係者から「日澤の演出がいいんだよ」という声を聞いていますが、ご自身ではどういう点が評価されていると思いますか?
自分の演出がどうか、正直分からないんです。あまり奇をてらった演出はしないで、台本ありき、俳優さんありきでやる演出なので、その意味で安定してるじゃないですけど、戯曲のいいたいこと、表現したいことをストレートに出せているから評価されているんじゃないですかね。劇団の作品をやるときには古川の本があるので、それの出来がいいので楽をさせてもらっています(笑)。

──今後も外部からのオファーが来ると思いますが、今後やってみたいテーマとか題材は?
自分がやりたい本とか題材とかって基本的にはないんですよ。与えられたものをどう料理するかということの方に興味があります。よっぽどとんでもない戯曲──それはダメなというよりは破天荒な戯曲を与えられたときには受けようかどうしようか悩むと思いますが、今のところこれがやりたい!というのはありませんね。でもせっかくなら自分の劇団でやっているものとは違うタイプの作品をやってみたいと思いますね。自分のところで社会的なものをやっているので、どうしても同じようなものを依頼されることが多いんですが、ちょっとコメディ寄りのものも面白いと思います。

──作品以外で、こういう俳優さんとやってみたいという希望はありますか?
そうですね。今回も目上の方々とご一緒しているんですが、キャリアのある方は舞台での立ち方が違うので、そういう意味でちょっと手が届かないような方々とやりたいですね。映画関係の方とかテレビに出ている方達と舞台で何かやってみたいという欲求があります。それと今回稲荷さんと一緒にやってすごく面白かったので、稲荷さんのようなアングラ寄りの方々とか。それから前々回公演『治天ノ君』で松本紀保さんとやらせていただいたときに、梨園の方と一緒にできるとすごく楽しそうだなあって思いましたね。紀保さんはすごい面白かったですね。手のかかる女優さんではないですし、ダメもすっと伝わるんだけど、その中でいろいろとこちらが言った以上のアイデアをもってきてくれたり、自分で変化をしてくれる。目の前で役者の演技が変化していくのが手に取るように分かって、それが作品と混ざっていくというのは楽しいですね。

──最後に今後の予定を教えてください。
9月12〜15日に劇団で『親愛なる我が総統』の再演、来年の4月に劇団の本公演。あとは来年2月に古川の脚本、私の演出でトムプロジェクトさんのプロデュース公演をやらせていただきます。

[日澤雄介(ひさわゆうすけ)]俳優・演出家。2000年に劇団チョコレートケーキを旗揚げ。劇団代表を務めながら役者として多数の作品に出演すると共に、近年は同劇団の演出家としても演劇界で高い評価を得ている。2012年『親愛なる我が総統』でCoRich年間ベスト1、日本演出家協会・若手演出家コンクール最優秀賞、2014年読売演劇大賞優秀演出家賞および選定委員特別賞など受賞多数。

[大竹野正典(おおたけのまさのり)]劇作家・演出家。横浜放送映画専門学院を卒業後、実家のある大阪に戻り、劇団犬の事務所を設立。1988年『夜が掴む』で第4回テアトロ・イン・キャビン戯曲賞佳作受賞。以降も数多くの賞を受賞。96年に犬の事務所を解散し、翌年プロデュースユニットくじら企画を設立。2003年『夜、ナク、鳥』で第11回OMS戯曲賞佳作を受賞し、第四十八回岸田戯曲賞最終選考にも残るなど、関西の実力派劇団として活躍した。5年前、海水浴中の不慮の事故により48歳で急逝。2年前からプロデューサーの綿貫凜がオフィスコットーネ・アナザー公演として精力的に取り上げ、東京でもその作品が知られるようになった。

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