田植えの際に苗の順調な成育と豊作を祈願して演じられる稲作儀礼の芸能。のちには、稲作とは関係なく演じられるようになった。
長徳4年(998)4月に、京都松尾神社の祭礼で田楽が行われ、これには恒例によって「山崎津人」が田楽を行ったとあり、すでにこのころから専門の田楽者がいたことをしめしている。また、治安3年(1023)5月には藤原道長の命により催された田囃しの田楽の様子が「栄花物語」に書かれており、それによれば、白い裳袴、白笠といった田植え姿の早乙女5、60人と、異様な出で立ちをした「田主という翁」と「あやしの女」、腰鼓を打ち笛を吹き、ささらを鳴らして歌い躍る田楽衆10人などが演じたという。
平安末期には田植えを囃す田囃しの田楽が盛んに行われたらしく、田楽を専門に演じる田楽法師が現れ、各村々で行なわれる田囃しの田楽に参加して、盛り上げていたようだ。
こうして広く流布していった田楽だが、永長元年(1096)の夏には京都で庶民から役人、武士までが集団となって町を練り歩き踊る大流行を見せた。5月に始まったこの騒ぎは、7月には院の御所・宮中で白河上皇、堀河天皇の面前で貴族や侍臣が演じることになり、これを永長大田楽と呼ぶ。
