1898-1956年。ドイツの劇作家。
アウクスブルクに生まれ、当初はアナーキーでアウトサイダー的な主人公を描く表現主義戯曲を書いていた。しかし、『男は男だ』(1925)以降、マルクス主義に興味を抱き、演劇の社会性、教育性に注目し、学習を主眼とした「教育劇」を書き、また最も情緒的な演劇であるオペラという手法を用いて社会批判を試みて『三文オペラ』(28)、『マハゴニー市の興亡』(29)を発表、世界的な大ヒットとなった。
しかし、ヒトラー率いるナチスが政権を取るとスイスへ亡命、さらに各国を転々としながら反戦活動を行い、『カラールのおばさんの鉄砲』(37)、『ガリレイの生涯』(38)、『肝っ玉おっ母とその子供たち』(39)、『セチュアンの善人』(40)、『プンティラ旦那と下男のマッティ』(40)、『コーカサスの白墨の輪』(45)などの代表作を発表した。また、これらの活動のなかで、彼の演劇活動の体系となる理論—「叙事詩的演劇」と「異化効果」—を作り上げていった。
戦後は亡命先のアメリカで赤狩りが始まったため、スイスへ移り、その後、東ドイツの招きによって帰国。49年に劇団ベルリーナ・アンサンブルを結成し、亡命中に書いた作品や古典劇の改作を演出し、自らの演劇理論を検証していった。その活動は東ドイツ国内のみならず、ロンドン、パリなどの西側諸国へのツアーも行い、西側演劇人に強烈な印象を与えた。その作品と理論に多くの賛同者を得たブレヒトだったが、志半ばで心筋こうそくで突然の死を迎えた。
